ごくじょうたいけん

オリックス宮内義彦氏と慶應義塾大学教授・岸博幸氏が語る、日本経済と企業家の未来

この対談では、オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンと慶應義塾大学の岸博幸教授が、日本経済の現状と将来について深い洞察を交わしました。両氏は、過去の規制改革における経験から得た教訓を共有し、既得権益の打破がいかに困難であるかを強調しました。さらに、現代の企業経営者が直面する課題、特に短期的な利益追求に偏りがちな傾向について警鐘を鳴らし、企業が社会全体に貢献する本来の役割を果たすことの重要性を力説しました。彼らの議論は、日本の資本主義が真の豊かさを追求するための道筋を示唆しており、次世代のリーダーシップに対する期待と課題が浮き彫りになりました。

規制改革と既得権益の壁:過去の挑戦が示す現代への教訓

慶應義塾大学教授の岸博幸氏とオリックスの宮内義彦シニア・チェアマンは、小泉政権下での規制改革の経験を振り返り、その困難さと意義について語り合いました。岸氏は、当時の竹中平蔵氏の秘書官として、宮内氏が総合規制改革会議の議長として、多忙な身でありながらも国家のために尽力した姿に感銘を受けたと述懐しました。宮内氏は、改革の過程で日本の社会がいかに既得権益によって硬直化しているかを痛感したと言います。既得権益を持つ層が自らの城を守ろうとし、改革派が少数派として厳しい戦いを強いられた状況は、現在の社会にも通じる課題を提示しています。

この対談では、改革が困難を極めた背景として、既得権益に守られた者たちが改革を望まず、改革派が常に少数派であったことが挙げられました。宮内氏は、オリックスの代表と兼務していたため、私利私欲のために改革を進めていると批判された経験についても触れました。しかし、彼は「勝ち目がなくても戦うべき時がある」という信念を持ち、会社にとってマイナスになることが分かっていても、日本の未来のためにその責務を果たしたと語りました。この姿勢は、当時の財界や経済界のトップが持っていた「公共のために働く」という意識の表れであり、現代の経営者にも求められる資質であると両氏は強調しました。

現代企業家の役割と未来への展望:教育が拓く新たな価値創造

対談では、現代の企業経営者が抱える課題にも焦点が当てられました。岸氏は、現在の経営者が金銭的な成功やIPOをゴールとし、社会貢献への関心が薄い傾向にあると指摘しました。これに対し宮内氏は、ひと昔前の企業トップには財界全体の発展に貢献しようという意識があったが、現代の経営者は株主からの圧力を受けるため、自社の利益に集中せざるを得ない状況にあると分析しました。この状況が、社会全体の発展を阻害しているとの共通認識が示されました。若い経営者のレベルは向上しているものの、彼らが目指す「天井」が低くなっている現状が浮き彫りになりました。

この課題を克服し、企業家がより大きな視野を持つためには、教育が不可欠であると宮内氏は強調しました。企業が何のために存在するのかという根本的な問いに向き合い、「資本主義社会における富の創造者」としての役割を深く理解することが重要であると説きました。企業は、国民の生活を豊かにするため、常に新しい価値を創造し続けなければならず、そこにゴールはないと語ります。日本の資本主義が第二次世界大戦後にアメリカの仕組みを模倣して作られたものであり、真の資本主義の精神が十分に根付いていない点も指摘されました。両氏は、単なる利益追求に留まらない、社会全体の発展に貢献する企業家精神の育成こそが、日本の未来を切り開く鍵であるとの見解で一致しました。

ドラァグクイーン、ドリアン・ロロブリジーダのコミュニケーション術

Netflixの恋愛リアリティ番組『ボーイフレンド』で注目を集めるドラァグクイーン、ドリアン・ロロブリジーダ。かつては会社員として営業職を経験し、その素顔をメディアで披露することもある彼女の人物像は多くの人々を惹きつけています。この一連のインタビュー記事では、彼女が歩んできた半生と、その裏側にあるパーソナリティに深く切り込んでいます。今回は、ビジネスの世界で培われた能力と、人との関わり方における独自の哲学に焦点を当ててご紹介します。

「舞台に立つことよりも、実は商談の方が緊張したものです」と語る彼女の言葉は、その華やかな外見からは想像しにくい意外な一面を覗かせます。巨大なウィッグ、きらびやかなスパンコールのドレス、そして瞬くたびに揺れるつけまつげという非日常的な装いからはかけ離れた、「商談」という言葉を口にする姿は、一瞬の戸惑いを与えます。しかし、その穏やかな語り口と、自然と引き込まれる話術は、まさに営業職に求められる資質そのものです。ドリアン・ロロブリジーダは、ドラァグクイーンとしての活動と並行して、約13年間会社員として働いていた経験があります。

彼女は、見知らぬ場所でのパフォーマンスやステージに立つ経験と、営業における商談は本質的に似ていると指摘します。どちらの場面でも、相手は「さあ、どんな魅力を見せてくれるのか」と期待の眼差しを向けており、その相手を魅了できるかどうかが重要だと語ります。営業もドラァグクイーンの活動も、表現の形は違えど、根本的には同じ「人を惹きつける」という目標に向かっているのです。大学を中退後、営業職を経て化粧品やアパレルブランドの広報担当となり、2020年に専業ドラァグクイーンとなった現在も、会社員時代の経験が多方面で活きていると彼女は強調します。

広報の仕事では、様々なメディアの編集部を回り、商品の魅力をいかに簡潔かつ印象的に伝えるかを常に考えていたと言います。現在の活動では、その「商品」が自分自身に置き換わっただけであり、行っていることは変わらないと語ります。会社員時代の経験は、決して無駄になっていないという彼女の言葉からは、過去の経験を現在の活動に昇華させる柔軟な思考が見て取れます。目の前の相手に対し、何をどのように伝えるか。相手の関心事を察知し、その「商品」の魅力を届けるという意識は、ドラァグクイーンとなった今も変わらず持ち続けているのです。

ドリアン・ロロブリジーダ、本名大竹正輝、41歳。会社員時代から初対面の人と会うことを楽しんでいました。商談も好きで、「どうも、大竹で〜す!」と毎回明るく挨拶をしていたそうです。もちろん、売り手側である以上、うまくいかないことの方が多かったと正直に語ります。それでも、取引が成立したときの喜びはひとしおで、そのプロセス自体が楽しかったと言います。営業マン時代は、いわゆる「オネエ言葉」を控えめに使っていましたが、広報時代にはそれを全開にし、その独特の話術で多くの取引先にファンを作りました。彼女は「出会う人は皆、自分のファン予備軍だと思っています。この人も、あの人も、私のファンになり得る人だと考えると、わざわざぶっきらぼうに接するよりも、『こんにちは〜!』と自然と感じ良く振る舞いたくなるんです。そうすることで、自分も相手も幸せになれるでしょう?」と語ります。

しかし、世の中にはどうしても自分のファンになってくれない人もいるものです。そういった相手に対しては、どのように対処するのでしょうか。「そういうこともありますね。でも、そういう時は『この人、センスがないわね』と思うだけです(笑)。落ち込むことも、ツンケンすることもないんです!」と彼女は笑顔で答えます。相手の反応まで思い通りにしようとしない、この軽やかな割り切り方は、人との関わりを心から楽しむための、彼女ならではの智慧と言えるでしょう。

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イタリア人が和食に魅了される理由:伝統的な食文化の探求

世界が密接に繋がり、広い視野が求められる現代において、イタリア出身のフード&ライフスタイルライター、マッシ氏が、独自の視点から日本と世界の食文化や習慣、料理について考察する連載をお届けします。

マンマの味に勝る和食の秘密を解き明かす

かつて生魚を野蛮と見なしたイタリア人が和食の虜になった理由

かつて「生の魚を食すことは野蛮な行為だ」と眉をひそめていたイタリア人たちが、今や巧みに箸を操り、週末には日本料理店の予約で埋め尽くされている。彼らは自国のマンマ(お母さん)の料理こそが世界一だと信じて疑わない、筋金入りの頑固者である。そんな彼らが、どのようにして和食の魅力に心奪われたのか。日本での20年にわたる生活の中で、この島の食文化に胃袋を掴まれた一人のイタリア人として、その謎を解き明かしたい。まず、イタリア料理の根底にある精神とは何だろうか。

和食がイタリア人の「旨味」を的確かつ洗練された形で刺激する

しかし、日本で初めて口にした「焼き魚定食」には、私は椅子から転げ落ちそうになった。目の前に現れたのは、炭火でこんがりと焼かれた一尾の秋刀魚。皿の上には、大根おろしと一片のすだち。それだけだった。ソースは?トマトは?ニンニクはどこへ消えたのか?半信半疑で箸を取り、パリッとした皮と共に脂の乗った身を口に運んだ。その瞬間、頭の中に稲妻が走った。「塩だけで味付けされているのに、魚の旨味が爆発しているではないか!」大根おろしに醤油を数滴垂らし、すだちをきゅっと絞って合わせると、魚の脂の甘みとほのかな苦味が絶妙な調和を見せる。具材を重ねて複雑な味を創造するイタリア料理に対し、日本料理は素材の周りの余分な要素を削ぎ落とし、食材本来の美味しさだけを際立たせる。この「引き算の美学」に、私は一瞬で降伏したのだ。イタリア人がこれほどまでに和食に夢中になる最大の理由は、エキゾチックな見た目ではない。彼らが大好きな「旨味」という感覚を、あまりにも的確に、そして洗練された形で刺激するからなのだ。

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