ルート66開通100周年:リンカーンの足跡と歴史的な道のりを巡る旅

モータリゼーションがアメリカ社会に定着し始めた1920年代、それまでの交通概念を一新する形で「米国番号付き高速道路システム」が誕生しました。その中で、中西部と西海岸を結ぶ大動脈として重要な役割を担ったのが、今年100周年を迎える「ルート66」です。この歴史的な節目に、イリノイ州政府観光局の特別ツアーが実施され、スプリングフィールドからシカゴへと続く数々の名所が紹介されました。本記事では、大統領リンカーンの足跡が残るスプリングフィールドの史跡群、ルート66の歴史を体感できる博物館、そしてシカゴにおけるルート66の新たな起点に焦点を当て、その魅力を余すところなくお伝えします。
アブラハム・リンカーンの足跡を辿る旅:スプリングフィールドの歴史遺産
1920年代のアメリカにおけるモータリゼーションの到来とともに、交通網の常識が大きく変化し、広域舗装路の必要性が高まりました。この動きに対応して、1926年11月11日には「米国番号付き高速道路システム」が整備され、その一環として「ルート66」が誕生しました。この路線は、イリノイ州シカゴを起点にカリフォルニア州サンタモニカまで、約3940kmにわたる中西部と西海岸を結ぶ主要幹線として機能し、自動車時代の基盤を築きました。今日では州間高速道路の発達により国道の役目を終え、1985年に正式には廃止されましたが、今年11月には開通100周年を迎えます。
イリノイ州政府観光局が企画したツアーでは、まずリンカーンのゆかりの地であるスプリングフィールドが訪問されました。第16代アメリカ合衆国大統領アブラハム・リンカーンは、政治家としての第一歩をこの地で踏み出しました。市内には、彼が生涯で唯一所有したとされる家屋や、演説を行った場所、弁護士時代の事務所などが保存されており、彼の生涯と業績を深く理解するための貴重な史跡が点在しています。「アブラハム・リンカーン大統領図書館・博物館」は、リンカーンの幼少期から暗殺に至るまでの軌跡を、豊富な資料と没入型の展示で紹介しています。特に、当時の生活を再現した展示室や表情豊かな等身大の像は、リンカーンが生きた時代を肌で感じさせてくれます。また、「リンカーン邸国立史跡」では、彼が17年間暮らした家が無料で一般公開されており、ガイド付きツアーを通じて、当時の壁紙の復元など細部にわたる保存修復の努力と、歴史の重みに触れることができます。これらの施設は、リンカーンの偉大さと、彼がアメリカ史に与えた影響を深く探求する機会を提供します。
ルート66の旅:ポンティアックからシカゴへの道
スプリングフィールドを後にし、ルート66の足跡をさらに辿る旅は、ポンティアックへと続きます。この街には、「ルート66 殿堂博物館」があり、旧市庁舎・消防署を改装した複合施設となっています。博物館の裏手には、ルート66の象徴的なサインが描かれたウォールアートがあり、かつてのルート66で実際に使用されていたレンガが再利用されているという歴史的な背景があります。館内には、シカゴ中心部の起点からミズーリ州との境界にあるチェイン・オブ・ロックス橋までのルート66に関する膨大な資料が、ガラスケースの中にテーマ別に展示されており、当時の人々の暮らしぶりを垣間見ることができます。入場は無料で、訪問者はアメリカのモータリゼーションの歴史とその文化に深く触れることができます。
ポンティアックからさらに北東へ進むと、ドラマ「プリズン・ブレイク」の舞台としても知られるジョリエット市に到着します。この街は、かつてルート66が中心部を貫き、通り沿いには多くのホテルやレストランが立ち並んでいた繁栄の時代がありました。「ジョリエット地区歴史博物館」では、その往時の様子が写真や等身大のジオラマで詳しく解説されており、訪問者はルート66が地域経済や文化に与えた影響を理解することができます。そして、旅の終点であるシカゴでは、ルート66の出発点が存在します。伝統的にはシカゴ美術館近くのアダムス通りとされていましたが、開通100周年を機に、終点であるサンタモニカ・ピアに合わせて、公式な始点が「ネイビー・ピア」に移設されました。ネイビー・ピアは、観覧車や遊園地のアトラクション、ミシガン湖のボートツアーなど、多様なエンターテイメントを提供する大規模なレクリエーション施設であり、ルート66の旅を締めくくるにふさわしい活気に満ちた場所です。