ごくじょうたいけん

一流の大人たちが語る、時計選びにおける独自の哲学

腕時計は、単なる時間を知るための道具に留まらず、身につける人の内面や生き方を雄弁に物語る存在です。ここでは、各界で活躍する6名の著名人が、彼らが大切にする腕時計への想い、そしてその選択の背景にある独自の基準を披露します。彼らの語り口からは、世間の流行やブランドの価値に左右されることなく、「自分」という揺るぎない軸を基盤とした、真にパーソナルなモノ選びの姿勢が強く感じられます。

ファッションや広告写真の分野で第一線で活躍し、マディソンブルーの副社長も務めるフォトグラファーの地主 晋さんは、自身の時計を「腕元の風景」と表現します。彼にとって時計は、日常生活に自然に溶け込む、控えめながらも確かな存在です。18年前にニューヨークで偶然出会ったというヴィンテージのエルメスのクロノグラフは、その洗練されたダイヤルデザインと美しいブルースチール針が決め手となりました。ドレススタイルにもカジュアルな装いにも違和感なく馴染むその一本は、控えめでありながらも、真に価値を理解する人にはその魅力が伝わる、そんな心地よい距離感を保っています。地主さんは、時計選びも写真選びも「直感」によるものだと語り、その直感はこれまでの人生経験や見てきた景色によって培われると説明します。この言葉は、彼の感性が深く経験に根差していることを示唆しています。

アパレルからコスメまで多岐にわたる事業を展開し、音楽活動も行うyutoriの代表取締役社長である片石貴展さんは、時計を頻繁に買い替えるタイプではなく、一度気に入ると長く愛用するスタイルを貫いています。彼が選んだのは、友人の時計店で見つけたパープルダイヤルのロレックス「オイスター パーペチュアル」です。この色を選んだのは、それが自身の「オーラカラー」であると昔から言われてきたためだと言います。淡い色合いのラベンダーダイヤルは派手になりすぎず、彼の醸し出す雰囲気と見事に調和しています。片石さんは、上品さの中に反骨精神を感じさせるファッションを好むと語り、時計選びにおいてもその哲学が反映されています。経営者としての経験を経て、衝動買いは減ったものの、最終的には理屈よりも「これだ」と感じる直感を信じることこそが、モノへの深い愛着に繋がると強調します。

中目黒のヴィンテージショップ「ジャンティーク」を夫と共に立ち上げ、自身のブランド「FUMIKA_UCHIDA」を手がけるデザイナーの内田文郁さんは、時計をファッションアイテムとして捉えています。彼女は必ずしも毎日時計を着けるわけではなく、その日の気分や服装とのバランスを見て最後に選ぶことが多いそうです。内田さんの愛用品であるミッキーマウスの時計は、針が動かないにもかかわらず、彼女はそれをまったく気にしません。むしろ、無理に修理して動かすことで、その時計が持つ時代の空気感やストーリーが失われてしまうことを懸念しています。

今回登場した大人たちの時計選びの基準は、単なるブランドや価格ではなく、彼ら自身のライフスタイル、美意識、そして個性を映し出す鏡であることが明らかになりました。彼らは時計を「自分の一部」として捉え、その選択は内なる声に耳を傾け、深い愛着を持って時間と向き合うことの表れなのです。

格闘家・朝倉海と実業家・堀鉄平の異色の絆:夢を追う若者への無償の支援

総合格闘家の朝倉海氏とUMITO代表取締役社長の堀鉄平氏の対談が実現しました。若き格闘家と、格闘家であり実業家でもある堀氏、二人の出会いと、堀氏による朝倉氏への無償の支援について語られました。

堀氏は、自身が主催する総合格闘技イベント「THE OUTSIDER」に朝倉氏が途中から参加した際、その格闘センスに並々ならぬ才能を感じたと言います。堀氏は当時地方に住んでいた朝倉氏に対し、東京へ出てきて才能を伸ばすべきだと助言し、東京での練習環境を整える手助けをしました。当初、会社勤めをしていた朝倉氏にとって、格闘技一本に絞る決断は容易ではありませんでしたが、初めての敗北を経験した際に堀氏に連絡を取り、9年前に上京を決意。堀氏のジムで社員として働きながら、トレーニングに励むことになります。

朝倉氏は、堀氏からの支援が常に無償であったことに感謝の念を抱いています。ファイトマネーの一部を要求することも、朝倉氏を自身のビジネスに利用することもなく、ただ純粋な格闘技ファンとして才能ある若者を応援したいという堀氏の思いが、朝倉氏の成長を支えてきました。RIZINでの王者獲得、そしてUFCでの鮮やかなKO勝利は、その支援が実を結んだ証です。朝倉氏は「日本の宝」とまで言われる存在になった今、堀氏への恩返しを常に考え、最高峰の世界で勝ち続けるために酒も断ち、さらなる高みを目指しています。二人の間には、単なる支援者と被支援者という関係を超えた、深い信頼と絆が存在しています。

夢を追いかける若者にとって、才能を見出し、無償でサポートしてくれる存在はかけがえのないものです。彼らの情熱と努力が、周囲の温かい支援によって花開き、やがて大きな成功へと繋がる物語は、私たちに希望と感動を与えてくれます。他者を信じ、その可能性を信じて行動することの重要性を、この二人の関係性は示しています。

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「時の海 - 東北」プロジェクト:震災の記憶と未来への希望を紡ぐアート

現代美術家の宮島達男氏が手掛ける「時の海 - 東北」プロジェクトは、東日本大震災の記憶を未来へと繋ぎ、希望を育む壮大なアート活動です。2026年に震災から15年を迎えるにあたり、このプロジェクトはイタリアの高級ブランド、ブルネロ クチネリ ジャパンの支援のもと、彼らの表参道店舗「CASA CUCINELLI TOKYO」にて展示されています。震災犠牲者への追悼と記憶の継承、そして未来に向けた希望のメッセージを込めたこの取り組みは、ブルネロ クチネリ ジャパンが長年にわたり行ってきた東北復興支援の精神と深く共鳴しています。

宮島達男氏「時の海 - 東北」プロジェクトの詳細とブルネロ クチネリ ジャパンの支援

現代美術家・宮島達男氏が推進する「時の海 - 東北」は、東日本大震災の犠牲者への鎮魂、震災の記憶の継承、そして未来への希望を包含するアートプロジェクトです。このプロジェクトは、2029年に福島県富岡町に記念美術館を設立することを目指しており、今回の展示では10年以上にわたる構想の道のりと、ファンドレイジングのための作品が紹介・販売されています。宮島氏は、LEDデジタルカウンターを用いた作品で国際的に評価されており、「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」という三つの哲学を掲げ、時間と生命の循環をテーマに制作活動を行っています。

ブルネロ クチネリ ジャパンは、2021年から続くアートスペース「INCONTRO CON L’ARTISTA(アーティストとの出会い)」の一環として、この展覧会を開催しています。同社と東北地方との関わりは2016年に遡ります。震災から5年が経過したこの年、創業者のブルネロ・クチネリ氏は仙台市での復興シンポジウムで「人間主義的経営」の理念を提唱し、企業の成長と人間の尊厳の両立を訴えました。その前年には、ブルネロ&フェデリカ・クチネリ財団の支援により、被災地の若者11名がイタリアのソロメオで特別研修を受ける機会を得ました。クチネリ氏は東北の人々に対し、「愛情を持って故郷を再建し、伝統を誇りに思い、素晴らしい文化を再び築いてほしい」と温かい言葉を送っています。彼の地方文化とものづくりを尊重する哲学は、震災からの復興を目指す東北への深い思いと重なり、ブルネロ クチネリ ジャパンによる継続的な支援へと繋がってきました。この「時の海 - 東北」プロジェクトは、震災を経験していない次世代にもその記憶を伝えることを目的としており、宮島氏のアート作品を通じて、未来に繋がる美術館建設への想いに触れる貴重な機会を提供しています。

宮島達男氏の「時の海 - 東北」プロジェクトは、単なるアート展示を超え、東日本大震災の痛ましい記憶を風化させることなく、未来への希望を灯し続けるという崇高な使命を担っています。ブルネロ クチネリ ジャパンのような企業が、そのCSR活動として、このような文化的な取り組みを支援することは、社会貢献の新たな形として非常に意義深いものです。アートの力で人々の心を繋ぎ、世代を超えて記憶を継承していくことの重要性を改めて認識させられます。このプロジェクトが、被災地の復興と、人々の心に寄り添う社会の実現に貢献することを願ってやみません。

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