ごくじょうたいけん

中村橋之助、結婚を経て芽生えた歌舞伎俳優としての新たな責任感と挑戦

歌舞伎の未来を担う若手花形俳優たちが舞台にかける情熱、その中でも特に中村橋之助が結婚という新たなステージを経て、役者としてどのように変化し、成長していくのかに焦点を当てた本記事。撮り下ろしの舞台ビジュアルとともに、彼の心境とこれからの抱負を探ります。

歌舞伎の伝統を未来へ繋ぐ、中村橋之助の新たな決意

「怪談 牡丹燈籠」に初挑戦:人間性の深淵を描く

夏の風物詩として親しまれる「八月納涼歌舞伎」で、三遊亭円朝の怪談噺を題材とした「怪談 牡丹燈籠」が上演されています。この作品は単なる幽霊譚にとどまらず、人間の内面に潜む欲望、執着、そして男女の情といった複雑な感情を巧みに描き出しています。中村橋之助さんは、今回が初役となる宮野辺源次郎を演じ、お国との関係を通して人間の弱さや身勝手さを鮮烈に表現しています。橋之助さん自身は、この作品の魅力を「怪談というよりも、人間の怖さを歌舞伎として面白く再構築している点」だと語っています。萩原新三郎とお露、お国と宮野辺源次郎、そして伴蔵とお峰という三組の男女が織りなす物語の中で、それぞれの人間らしい側面を鮮やかに描き分けることが重要だと強調しています。

宮野辺源次郎役への深い洞察:共感を超えた役作り

宮野辺源次郎という役について、橋之助さんは「格好をつけながらも、最終的には他人のせいにしてしまう」という、彼自身があまり好まないタイプだと分析しています。しかし、その点が源次郎の本質であるとし、物事を表面的にしか理解せず、困難に直面すると「なぜこうなったのか」と自己憐憫に浸る彼の姿を意識して演じていると語ります。また、「牡丹燈籠」が描く男女の情の恐ろしさについて、坂東巳之助さんからは結婚後の初の歌舞伎座公演で「女は怖いものだ」という台詞を言うことへの配慮があったものの、橋之助さんは女性の持つ強さやしたたかさが、源次郎とお国の関係性における「恐ろしさ」に繋がると捉えています。三組のカップルそれぞれが持つ異なる「人間の怖さ」を客観的に見せることで、作品の面白さが際立つと考えています。

納涼歌舞伎への思い:受け継がれる情熱の炎

若い世代が中心となる八月納涼歌舞伎は、橋之助さんにとって特別な意味を持つ場所です。巳之助さんをはじめ、普段から親交のある同世代の役者が集まるこの公演は、父たちの世代が築き上げ、中村勘九郎さんたちが引き継いできた伝統の「第三世代」としての自覚を強く感じさせる場となっています。納涼歌舞伎の稽古場には、昔から「やってやるぞ」という独特の熱気があり、役者一人ひとりの内なる情熱が普段以上に燃え上がる感覚があると言います。橋之助さんは、その熱い空気感をしっかりと未来へ引き継いでいきたいと語っています。

父の背中を追い、心で演じる:役への真摯な姿勢

近年、父である中村芝翫さんが演じてきた役に挑戦する機会が増え、橋之助さんはその度に緊張と同時に大きな喜びを感じています。父の演技を「完コピ」することを大切にしながらも、単なる模倣に終わらず、役の「心」を深く理解することを最も重視しています。坂東玉三郎さんからは「型ができても、そこに意味が通っていなければならない」と教えられ、中村七之助さんや父からは「その意味は何なのか」「どういう理屈なのか」と常に問われていると言います。役の心を読み解き、理解した上で演じることを、橋之助さんは自身の役者としての核としています。

三兄弟の絆と「神谷町小歌舞伎」の成果

中村橋之助さん、福之助さん、歌之助さんの三兄弟が共に取り組んできた自主公演「神谷町小歌舞伎」は、すでに4回を数えています。この活動は、「自分たち三兄弟にはこれだけの力がある」ということを世に知らしめたいという思いから始まりました。歌舞伎座や浅草など様々な舞台で大役を任されるようになったのは、彼らが「自分たちにもできる」ということを示してきた結果だと考えています。その先の大きな目標は、「成駒屋一門が強く、大切にされる一門であること」。この4年間で、「これからどう進化していくのか」という段階まで来られたことが、一つの大きな成果だと語ります。三兄弟は非常に仲が良く、橋之助さんは弟たちを心から愛していると語ります。披露宴で弟たちと手を繋いで中座したエピソードからも、その深い絆がうかがえます。性格は異なるものの、互いを思いやり、共通の「良い歌舞伎」のビジョンを持っていることが、彼らの良好な関係の秘訣です。

結婚がもたらした新たな責任感と未来への展望

今年、結婚という大きな節目を迎えた橋之助さんは、歌舞伎俳優としての意識に変化があったと明かします。これまでは自分一人だったが、これからは家族に影響を与え、妻に迷惑をかけないよう、より一層きちんとしなければならないという「目に見える責任」を強く感じています。妻は着物を着るのが苦手だったにも関わらず、一生懸命覚えてくれたことに感謝し、楽屋に妻がいると自然と格好をつけたくなる、きちんとしたくなる、と笑顔で語ります。幼い頃から父の楽屋に母がいた光景が、今、自身の楽屋に妻がいるという現実に、単純な喜びを感じています。来年の新春浅草歌舞伎では、若い世代を牽引する立場となりますが、無理にチームワークを作ろうとはせず、自分が下積みの頃に「こうしてくれたら嬉しかった」と思うことを後輩にしてあげることで、結果としてチームワークに繋がると信じています。彼の最大の夢は、父のように「真ん中が似合う、器量の大きな役者」になること。義太夫狂言の中心に堂々と立つ役者を目指し、その言葉には、中村橋之助の現在地と未来へ向かう確固たる道筋が示されています。

「怪談 牡丹燈籠」鑑賞の勧め:人間の業を深く味わう

最後に、橋之助さんは「怪談 牡丹燈籠」の見どころとして、自身が演じる源次郎の「格好をつけているのに、結局は弱く、他人のせいにしてしまう人間らしさ」を挙げています。お国との関係性や、他の二組のカップルとの明確な違いにも注目してほしいと語ります。作品全体として非常に分かりやすく、力強くまとまった内容であり、暑い夏に涼しい歌舞伎座で、若手俳優たちの熱演を感じてほしいと観客にメッセージを送っています。父である中村芝翫を目標に、役の心に実直に向き合う彼の姿は非常に印象的です。父の芸をまずは「完コピ」したいという素直さの一方で、型だけでなくその奥にある意味や心を何よりも大切にして演じる姿勢がうかがえます。弟たちの活躍を自分のことのように喜び、結婚を機に家族への責任も背負った彼が目指すのは、「真ん中が似合う、器量の大きな役者」。その言葉からは、橋之助さんの揺るぎない覚悟と未来への展望が力強く伝わってきます。中村橋之助(なかむら はしのすけ)は東京都生まれ。父は中村芝翫。2000年に中村国生を名乗り、「京鹿子娘道成寺」の所化、「菊晴勢若駒」の春駒の童で初舞台を踏みました。2016年には四代目中村橋之助を襲名。09年に国立劇場特別賞、15年と18年には国立劇場奨励賞を受賞しています。2023年からは、成駒屋三兄弟と父・中村芝翫の弟子たち「神谷町一門」が一体となって創り上げる自主公演「神谷町小歌舞伎」を開催し、これまでに4回の公演を重ねるなど、日々研鑽を積んでいます。

シャングリ・ラ 東京、秋の味覚を彩る限定マティーニ2種を発表

シャングリ・ラ 東京は、その優れたおもてなしの心で知られ、お客様を家族のように温かく迎えるホテルです。この秋、2026年10月1日(木)から11月30日(月)までの期間限定で、28階のザ・ロビーラウンジにて、秋の彩り豊かなカクテル2種類を特別に提供いたします。これらのカクテルは、秋の訪れを感じさせるような豊かな風味と、洗練された味わいが特徴です。

今回登場する2種類のカクテルのうち、「アンバーノーツ」は、世界中で愛されるエスプレッソマティーニに、秋の味覚である栗の風味を贅沢に加えたデザート感覚の一杯です。栗のリキュールとシロップが織りなす優しい甘さに、香ばしいヘーゼルナッツがエスプレッソのほろ苦さを引き立て、秋らしい深みのある味わいを生み出しています。もう一つの「秋霜」は、洋梨の華やかな香りと日本酒を組み合わせた独創的なマティーニです。国産ウォッカにフルーティな香りの芋焼酎を合わせ、さらに洋梨シロップを加えることで、すっきりとした後味と凛とした余韻が楽しめます。これら秋の風景を映し出した特別なカクテルと共に、ザ・ロビーラウンジで贅沢な時間をお過ごしください。カクテルの提供は17:30から23:00までで、料金は各2640円(税込、別途サービス料15%)です。

これらの季節限定カクテルは、シャングリ・ラ 東京が提供する上質なホスピタリティと、創造性豊かなドリンクの調和を象徴しています。心温まるサービスと、秋の深まりを感じさせる特別な一杯が、訪れる人々に忘れられない思い出を贈ることでしょう。日常を離れ、特別な空間で過ごす時間は、新たな活力を与え、明日への希望を育みます。

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革靴デザイナーが語るリーバイスジーンズへの深い愛着とその源流

長年の使用によって体に馴染み、色落ちが持ち主の生き様を映し出すリーバイスのジーンズは、多くの人々に深い愛着を抱かせます。フットウェアブランド「ブラザーブリッジ」のデザイナー、鈴木英明さんもその一人です。彼は、ジーンズが単なる衣類ではなく、個人の歴史を刻む特別な存在だと語ります。革靴とジーンズという異素材の組み合わせの中に、鈴木さん独自の美学が息づいています。彼のものづくりへの情熱は、幼少期の経験と深く結びついており、特にリーバイスジーンズとの出会いがその感性を形作る上で大きな役割を果たしました。ジーンズを単なるファッションアイテムとしてではなく、共に時間を過ごし、変化を楽しむ存在として捉える彼の視点は、多くのデニム愛好家にとって共感を呼ぶでしょう。

鈴木英明氏のリーバイスへの傾倒は、単なるブランドへの好みを超え、ものづくりに対する彼の哲学そのものを反映しています。ジーンズの着用を通じて、素材の経年変化を楽しみ、自らの手でカスタマイズを施す行為は、彼の創造性の根源となっています。幼い頃から触れてきたアメリカ文化が、その感性を育む土壌となり、革靴デザイナーとしての現在のキャリアにも影響を与えています。彼の語るジーンズとの物語は、単なる服飾の話題に留まらず、個人の成長や価値観形成の過程をも示唆しています。

リーバイスとの出会い:幼少期からのものづくりへの情熱

フットウェアブランド「ブラザーブリッジ」のデザイナー、鈴木英明さんは、長年リーバイスのジーンズ「501」と「702」を愛用しており、革靴との相性の良さや、ジーンズがもたらす絶妙な丈感を高く評価しています。彼のジーンズへの深い愛着は、単なるファッションアイテムとしてではなく、穿き込むほどに体に馴染み、色落ちの風合いから個人のライフスタイルが滲み出る、時間と共に変化を楽しむアイテムとしての魅力にあります。革靴も同様に経年変化を楽しむアイテムであり、ジーンズと革靴の組み合わせは、鈴木さん自身のこだわりや美学が色濃く反映された彼のワードローブに欠かせない要素となっています。この長年の愛用と、両アイテムへの共通した価値観が、彼のものづくりに対する姿勢を象徴しています。

鈴木さんのリーバイスとの出会いは、中学生時代に購入した「505」に遡ります。彼は当時から、自分でダメージ加工を施したり、縦糸を切ってヤスリをかけたりと、ジーンズに自らの手でアレンジを加えることに夢中でした。裁縫学校に通っていた姉のミシンを借りて、バンダナを縫い合わせるリメイクに興じるなど、幼い頃からものづくりに対する強い関心と才能を発揮していました。このような経験は、後に革靴デザイナーとなる彼の素地を養う上で重要な役割を果たしました。また、元ボクサーでクリント・イーストウッドの大ファンであった父親の影響も大きく、幼少期からボクシング中継やアメリカ映画に触れる機会が多かったと語ります。当時は無意識のうちにアメリカンカルチャーに囲まれた環境で育ち、それが彼の感性やものづくりに対するベース形成に大きな影響を与えたと振り返っています。当時はジーンズそのものに深くのめり込むことはなかったものの、この時期に培われたものが、後のリーバイスへの深い愛着へと繋がっていきます。

アメリカンカルチャーとジーンズ:鈴木氏のスタイルを形作るルーツ

鈴木英明さんのファッション哲学は、長年連れ添ったリーバイスジーンズ、特に「501」と「702」に色濃く表れています。彼は、ジーンズが着る人の個性と歴史を刻む「経年変化」の魅力を深く理解し、革靴と組み合わせることで生まれる独特の丈感の美しさを追求しています。これは、彼が手掛けるフットウェアブランド「ブラザーブリッジ」の製品にも通じる「時間と共に価値を増す」という思想の表れです。彼は、革靴もまたジーンズと同様に、使い込むほどに風合いが増し、持ち主のスタイルに馴染んでいく過程を楽しむアイテムであると捉えています。この両アイテムに対する一貫したこだわりは、単なる流行を追うのではなく、長く愛用できる本質的な価値を重んじる彼のファッション観を明確に示しています。

鈴木さんのものづくりへの感性は、彼の幼少期の環境に深く根ざしています。彼は、初めて手にしたリーバイス「505」を中学生の頃から自らダメージ加工したり、バンダナを縫い付けてリメイクしたりするなど、既成の服に手を加えることに喜びを感じていました。これは、彼がデザイナーとして独創的な製品を生み出す原点と言えるでしょう。さらに、彼の父親が元ボクサーで熱心なクリント・イーストウッドのファンであったことも、彼のアメリカンカルチャーに対する認識に大きな影響を与えました。幼い頃からアメリカのボクシング中継や西部劇映画に囲まれて育った経験は、彼が無意識のうちにアメリカ文化を吸収し、それが彼自身のものづくりに対する感性や美学の土台を築き上げたのです。この家庭環境が、彼がファッションとしての「アメリカンカルチャー」を意識するよりも先に、その世界観を自然と受け入れるきっかけとなりました。これらの経験が積み重なり、現在の革靴デザイナーとしての鈴木英明さんのユニークなスタイルとリーバイスへの深い洞察が形成されています。

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