五島列島に佇む江上天主堂:信徒の情熱と鉄川与助の建築美

長崎県五島列島の奈留島に静かに佇む江上天主堂は、信徒たちの深い信仰心と、名工・鉄川与助の卓越した建築技術が融合した、まさに奇跡の建造物です。この天主堂は、漁業で生計を立てる地元の信徒たちが、資金を出し合い、多くの困難を乗り越えて完成させました。建物には、湿気から守るための工夫や、限られた予算の中で美しさを追求した創意工夫が随所に見られ、その歴史と人々の思いを今に伝えています。
信徒たちの情熱が息づく江上天主堂の知恵と工夫
五島列島のほぼ中央に位置する奈留島には、森の中にひっそりと佇む江上天主堂があります。この教会は、かつて廃校となった江上小学校の敷地から望むと、木々の間からクリーム色の板壁と水色の窓枠が顔を覗かせ、その美しさが際立ちます。天主堂が地面から浮き上がっているように見えるのは、床下の柱が露出しているためです。これは、海からの湿気や湧水から建物を保護し、通風効果を高めるための建築的な工夫であり、湿気対策は十字形の穴が開けられた屋根の軒天井にも見られます。
江上天主堂の建設は、江上集落の信徒たちが漁で得た収入を少しずつ持ち寄って行われました。そのため、予算に制約があった中で、随所に知恵と工夫が凝らされています。例えば、内部の柱には木目が手描きで施されています。これは、木目の揃った良質な材木を確保することが難しかったため、様々な木材の見た目を統一し、美しく見せるための大工棟梁の繊細な技でした。また、ステンドグラスには花模様が手描きされるなど、限られた資金の中で最大限の美しさと信仰心を表現しようとする、信徒たちの強い思いと、それに応える建築家の情熱が感じられる建物となっています。
名工・鉄川与助が築き上げた木造教会堂の傑作
江上天主堂の設計と施工を手掛けたのは、五島列島出身の大工棟梁、鉄川与助です。彼は、大工道具や工法に独自の改良を加え、木造建築で「リブ・ヴォールト天井」という高い技術を要する構造を実現するなど、その卓越した技術力で知られています。江上天主堂は、与助が手掛けた木造教会堂の中でも特に完成度が高く、彼の代表作として高く評価されています。建物の通気性を確保するための構造や、ガラスに花模様を手描きするなどの細部にわたる配慮は、与助が信徒たちの願いに真摯に応えようとした証です。
鉄川与助は、新上五島町出身で、大工棟梁の家系に生まれました。若い頃から修行を積み、明治35年(1902年)に旧曽根教会堂の建設に携わって以降、教会堂建築の道に進みました。彼はフランス人宣教師から教会堂建築の技術を学び、家業を継いでからは、設計から施工までを一貫して担当し、長崎県と五島列島を中心に28棟もの教会堂を完成させました。中通島にある鯨賓館ミュージアムでは、与助が用いた大工道具や、彼が得意としたリブ・ヴォールト天井の復元模型が展示されており、その偉業を今に伝えています。江上天主堂は、鉄川与助の技術の粋と、信仰に捧げられた人々の心が織りなす、歴史的にも芸術的にも価値の高い建築物と言えるでしょう。