名匠ジウジアーロが描いた日本の名車たち






ジョルジェット・ジウジアーロは、1974年にフォルクスワーゲン・ゴルフの初代モデルを手がけ、同社を倒産寸前から救い、累計3700万台以上のロングセラーへと導いたプロダクトデザインの巨匠として世界的に知られています。彼のデザイン領域は非常に広範で、過去には腕時計、カセットテープ、一眼レフカメラ、スキーブーツ、デスクチェアなど、多岐にわたる工業製品のデザインを担当してきました。彼は単に見た目の美しさだけでなく、生産工程における合理性や、乗り物を通じた新しいライフスタイルの提案までをも考慮した実例を多く生み出し、世界中で「神格化」されるほどの評価を得ています。
日本車においても、ジウジアーロがデザインを手がけた車両が複数存在します。その中でも特に注目すべきは、1968年登場の「いすゞ・117クーペ」です。この車は、若き日のジウジアーロが所属していたイタリアのデザインスタジオにデザインが依頼され、彼がチーフデザイナーを務めました。後に自身のデザイン会社「イタルデザイン」を設立した後も、117クーペの量産モデルのデザインを引き続き担当。当時のいすゞの製造技術ではジウジアーロが望む量産モデルの実現が困難でしたが、いすゞは「生産工程の大半を手作業で行う」という異例の決断を下し、月産30台程度の「手作り量産」を敢行しました。その結果、流れるような美しいデザインが実現し、後には「走る芸術品」とまで称される名車となりました。また、スズキの代表的な商用車である「キャリイ」の4代目モデルも、1969年にジウジアーロがデザインを手がけました。このモデルは、それまでの商用車にはなかった5ドア仕様を採用し、ジウジアーロらしい直線的なデザインと充実した室内装備を両立。1970年の大阪万博では、会場内のパトロール車両としても活躍し、そのスタイリッシュさが注目を集めました。
ジウジアーロは、自動車デザインを通じて、単なる移動手段を超えた、人々の生活に豊かさをもたらすような価値を創造してきました。彼の作品は、時代を超えて愛され続ける普遍的な美しさと機能性を兼ね備え、見る者に感動と喜びを与え続けています。未来のモビリティ社会においても、このような先見性と情熱を持ったデザイナーの存在が、新たな可能性を切り開く鍵となるでしょう。