かっぱ橋道具街にひっそりと佇むイタリア料理店「il Noce(イル・ノーチェ)」は、麺への深い愛情と家族の温かさが織りなす特別な場所です。荒木康朗シェフと妻のくるみさんが二人三脚で営むこの店は、訪れる人々を料理の豊かな世界へと誘います。味覚の旅へ誘う、家族の物語が息づくイタリアン
麺への情熱を受け継ぐ家族の系譜
今年5月、かっぱ橋の近くにオープンした「イル・ノーチェ」の荒木康朗シェフは、自身のルーツをたどると「とにかく麺が好きなんです」と語ります。長崎出身の父はちゃんぽんや五島うどん、島原そうめんを愛し、おばも製麺会社に勤めていました。シェフの厨房には数十種類もの乾麺が常備されており、その情熱の深さが伺えます。妻のくるみさんも、うどんで有名な埼玉・加須出身。さらに、荒木シェフの父はホテルオークラ東京の総料理長を務め、兄も有名ホテルのシェフパティシエ。くるみさんの実家も日本料理店を営む料理人一家という、まさに「料理界のサラブレッド夫婦」なのです。
祖母の愛情が育んだ、新鮮野菜の彩り
「イル・ノーチェ」の料理を彩るのは、くるみさんの祖母が埼玉の広大な畑で丹精込めて育てた野菜たちです。日本料理にはあまり使われないズッキーニやブロッコリー、カリフラワーなども、祖母の愛情とともに店へと届けられます。くるみさんが「いつか白なすを作ってほしい」と話すと、すぐにそれが実現し、食卓に並ぶようになりました。これらの新鮮な野菜をふんだんに使った前菜の盛り合わせは、一口食べれば誰もが笑顔になる逸品。ホテル西洋銀座で習得したドレッシングで味わう魚介のマリネサラダや、加須の名人が育てたいちじくが添えられた水牛のブラータなど、一皿ごとに夫婦のこだわりが光ります。
無限に広がるパスタの世界
荒木シェフの真骨頂は、やはりパスタにあります。「メニューにないパスタでも、お客様からのリクエストがあればつい応えたくなる」と語るシェフの言葉通り、この店では訪れるたびに新しいパスタとの出会いが待っています。地域性は特に限定せず、季節に応じて様々な地方のパスタが登場します。この日は、南部プーリア地方の伝統的なショートパスタ「ストラッシナーティ」が提供されました。もちもちとした食感と小麦の香りが際立つパスタに、粗挽き豚のラグーソースが絡み、フェンネルの香りが食欲をそそります。また、シチリアの定番「ブジアーティ」は、くるくるとした形状と独特の口当たりが楽しく、赤ワインとンドゥイヤ、イカのラグーが織りなす濃厚な味わいはまさに絶品。冬には北イタリアのパスタが増える予定とのことで、季節ごとの変化も楽しみの一つです。
完璧な火入れが織りなす豚肉の至福
「イル・ノーチェ」のメイン料理の定番はポークチョップです。荒木シェフは、表面をグリルパンで香ばしく焼き上げ、その後じっくりと芯まで熱を通すことで、瑞々しいピンク色の断面とジューシーな肉質を実現します。骨の際まで均一に火が通り、ほどよい弾力と歯切れの良さは、すべての豚肉がこのように調理されれば、世界中が幸せになるだろうと思わせるほどの完成度です。
「ぬま田海苔」とカルナローリ米の共演
もう一つの店の顔となる料理は、「ぬま田海苔のリゾット」です。以前の職場のオーナーからの依頼で生まれたこのメニューは、新潟産のカルナローリ米を鶏のブロードであおさの磯の風味とチーズのコクを吸わせるように炊き上げます。卵黄を落とし、初摘みのばら干し海苔ともみ海苔をたっぷりと散らし、仕上げにイタリア産のトリュフ醤油をひと垂らし。ブロード、熟成チーズ、そして海苔が織りなす奥深い旨味のハーモニーは、この店でしか味わえない特別な一品です。
「くるみの木」が紡ぐ、人と食の縁
「イル・ノーチェ」という店名は、イタリア語で「くるみの木」を意味します。偶然にも店のカウンターや床材に「くるみ材」が使われるなど、まるで運命のように「くるみ」という言葉がこの店を取り巻いています。店内には、イタリア食文化に造詣の深いハヤシコウ氏のイラストが飾られ、新潟のエチゴビールや地元の加須麦酒、そして厳選されたイタリアワインが料理を一層引き立てます。荒木夫妻がイタリアを巡り、その土地の気風と不可分な「土着の味」を学んだ経験が、肩肘張らない、素材と季節を大切にした郷土料理として「イル・ノーチェ」に息づいています。数え切れないほどの縁が結びつき、この特別な場所が生まれました。