天鏡蒸溜所:夢を追い続けた創業者の遺志を継ぐウイスキー作りの物語




福島県磐梯町に静かに佇む天鏡蒸溜所は、一人の若き起業家の揺るぎない情熱と、予期せぬ悲劇が織りなす感動的な物語を秘めています。スコットランドのウイスキー文化に深く魅せられた小池駿介氏は、日本におけるウイスキーの可能性を信じ、多様な風味の原酒を生み出すため、独自の蒸留施設の設計に心血を注ぎました。しかし、彼はその夢が具現化する前に、志半ばでこの世を去りました。彼の遺志は、最新鋭の技術と伝統的な手法を融合させた蒸留所の設備、そして彼の夢を共有する人々によって、今もなお息づいています。
天鏡蒸溜所:若き創業者の夢と革新が息づくウイスキー造りの現場
2019年、小池駿介氏は天鏡蒸溜所創業という大きな夢を抱き、ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝氏と同じくスコットランドへ渡りました。そこで60以上の蒸留所を訪ね歩き、ウイスキー造りの技術と哲学を深く学びました。彼の故郷である福島県磐梯町、猪苗代湖畔の森に、かつて江戸時代から続く栄川酒造の瓶詰め工場を改修し、天鏡蒸溜所が誕生しました。この地は、名峰・磐梯山を望み、「天鏡湖」とも称される猪苗代湖の美しい水に恵まれています。小池氏は、大学時代の英国留学中にウイスキーと出会い、その奥深さに魅了されました。彼は「ウイスキーの魅力が人々と地域をつなぐ力になる」と確信し、2021年には栄川酒造がリオンドールコーポレーションの傘下に入ったことで、彼の夢は現実のものとなり始めました。
2022年3月には蒸留所の建設が本格的に始まりました。小池氏は、スコットランドから輸入したニューポット(熟成前の原酒)を会津の地で熟成させる実験を開始し、58種類もの樽を使い、会津の気候がウイスキーに与える風味の変化を丹念に検証しました。しかし、残念ながら小池氏は28歳の若さで、知床観光船事故により蒸留所の完成を見ることなくこの世を去ってしまいました。
2024年4月、天鏡蒸溜所の蒸留施設は本格的に稼働を開始しました。施設内には、小池氏の情熱が息づくこだわりが随所に見られます。モルトの粉砕機には、現在では製造されていない1967年製のポーティアス社製が採用されています。これは、小池氏がスコットランドの知人から情報を得て、イギリスのビール会社で使われていたものを手に入れたものです。発酵槽はステンレス製と木製の計10槽、さらにポットスチルは初留用と再留用がそれぞれ2基ずつ設置されています。特に初留用の2基はガスによる直火加熱式であり、伝統的な手法を取り入れています。
蒸気の冷却方式にも革新的なアプローチが採用されています。豊富な地下水を利用した、渦巻き状の銅管を水槽で冷やすワームタブ方式と、筒の中に細い銅管を敷き詰めるシェル&チューブ方式の二つを導入しています。ワームタブ方式は蒸気と銅の接触面積が小さく、シェル&チューブ方式は接触面積が大きいという特性があり、銅が吸着する硫黄成分の量が異なるため、これによって生み出される原酒の味わいにも多様性が生まれます。これらの多様な設備は、小池氏の「幅広い酒質を持つ原酒を創造したい」という強い願いが込められており、彼の遺志を継ぐ人々によって、今日も新たなウイスキーが生み出され続けています。
天鏡蒸溜所の物語は、一人の若者の夢が、困難を乗り越えて現実となるまでの道のりを示しています。小池氏の悲劇的な死は、私たちに人生の儚さを痛感させるとともに、彼の残した情熱と遺志が、いかに力強く次世代へと受け継がれていくかを教えてくれます。この蒸留所で造られるウイスキーの一滴一滴には、彼の夢、彼の探求心、そして彼の地域への深い愛が凝縮されていると言えるでしょう。天鏡蒸溜所のウイスキーは、単なる飲み物ではなく、故人の魂と、それを支える人々の強い絆の証として、多くの人々に感動を与え続けることでしょう。