れきしぶんか

市川團十郎と三池崇史監督が語る「襲名」ドキュメンタリーの深層

歌舞伎界の重鎮、十三代目市川團十郎白猿と、その子である八代目市川新之助の襲名披露を記録した映画『襲名』。この作品を通じて、監督の三池崇史と市川團十郎が、歌舞伎の奥深さ、襲名という伝統の重み、そして舞台芸術への情熱について語り合います。

歌舞伎と映画の融合:伝統を次世代へ繋ぐ「襲名」の物語

三池崇史監督が語る『襲名』:歌舞伎への敬意と映像表現の挑戦

三池崇史監督が初めてドキュメンタリー映画を手掛けた『襲名』は、市川團十郎と市川新之助親子の襲名披露を追った作品です。監督は、歌舞伎に関する知識がほとんどない中で、高みから語るような姿勢は避け、あくまで客観的な視点で淡々と記録することを目指したと語ります。襲名披露興行の演目を中心に据え、海老蔵時代のプライベートな発信とは異なるアプローチで、歌舞伎の芸術性と臨場感を表現することに注力しました。特に、襲名当日の舞台における團十郎さんの特別なオーラや存在感を捉えられたことは、この作品の大きな価値だと感じているとのことです。

市川團十郎が明かす三池監督の人間性:舞台裏の深い絆

市川團十郎は、歌舞伎俳優の楽屋にいることに違和感のない数少ない人物として、写真家の篠山紀信さんと三池監督の名前を挙げます。監督の持つ、細やかでありながらも監督としての視線には余計なものがなく、まるで自然の一部のようにそこに存在していると感じたそうです。團十郎は、三池監督の作品には時に暴力的な表現が見られるものの、『襲名』では余計なものをそぎ落とす「引き算の演出」が際立ち、その演出力に新たな発見と驚きを感じたと言います。長年の共演を通じて感じた監督の深い愛情が、作品全体にも通底していると語りました。

歌舞伎俳優としての本質:「むき出し」の魅力と舞台への覚悟

三池監督は、歌舞伎俳優としての市川團十郎を「むき出し」であると表現します。表も裏もなく、その人間性のすべてが芝居に凝縮されていると感じているそうです。稽古場での正直な姿勢や、時には厳しい一面を見せるものの、座員を大切にする家族のような温かさも持ち合わせていると言います。團十郎という存在は、一般人には想像もできないほどの重責を背負い、舞台に立ち続ける覚悟が求められると監督は述べました。また、台本を記憶し、それを瞬時に引き出す歌舞伎俳優の能力は、映画俳優とは根本的に異なり、その迫力が非常に魅力的だと語っています。

新之助の成長と未来への計画:世代を超えた継承の物語

映画には、團十郎自身の幼少期と、八代目新之助が襲名したばかりの姿が映し出されます。團十郎は、当時の自分と比較して、新之助ははるかに「大人」であり、物事の分別がつくことに驚きを隠しません。芸術に携わる者として、分別がつきすぎることが時に創造性を妨げる可能性にも触れつつ、新之助の才能と可能性を最大限に引き出すための「計画的な育成」の重要性を語ります。褒めるべきは褒め、時には釘を刺しつつも、新之助が将来立派な團十郎となれるよう、父として、そして歌舞伎役者として支えていく決意を示しました。

舞台の裏側:修行とプロセスエコノミーが織りなす歌舞伎の深淵

三池監督は、歌舞伎俳優が努力する姿を見せるべきではないという伝統的な考え方に触れつつ、あえて『襲名』ではその過程もカメラで追った理由を語ります。成田山での修行の光景は、團十郎が歌舞伎の精神性を深く理解し、体現する上での重要な要素であり、その過程を公開することで、観客の歌舞伎への興味を一層深めたいという意図がありました。團十郎もまた、「プロセスエコノミー」の視点から、舞台裏の努力や精神性を共有することで、歌舞伎の裾野を広げ、その本質的な魅力に触れてもらえると信じています。

時を超えた共演:『勧進帳』が紡ぐ親子の絆と歌舞伎の永遠性

映画の終盤では、歴代の市川團十郎が『勧進帳』で「共演」するシーンが描かれます。團十郎は、十二代目の父と十一代目の祖父との共演が、自身にとっての親孝行であると語ります。三池監督は、新之助と團十郎が会ったことのない祖父や曾祖父の芸を受け継ぐという重責に言及し、その修行がいかに過酷であるかを強調しました。歌舞伎を映像で観ることに抵抗がある人もいるかもしれませんが、監督は、この作品を通して、まるでその場にいるかのような臨場感を味わってもらい、歌舞伎という芸術の持つ神秘性、パワー、エネルギーを最大限に伝えることに尽力したと締めくくりました。

世界が共感する日本の少女マンガ:その魅力と進化

日本の少女マンガは、その繊細な描写と深い物語性で、今や国境を越えて多くの読者を魅了しています。かつて戦前の少女雑誌にルーツを持つこのジャンルは、女性の社会進出や地位向上と歩調を合わせるように進化し、多様な作風や年齢層に合わせた細分化された雑誌を通じて独自の表現を培ってきました。特に2000年代以降は、その影響力が国際的に拡大し、海外での成功例が目覚ましいものとなっています。

近年、特に海外で大きな反響を呼んだ作品の一つが、椎名軽穂氏の『君に届け』です。この作品は、内気な少女と人気者の少年が織りなす純粋な恋愛と友情を描いており、その普遍的な「青春の葛藤」が世界中で共感を呼びました。アニメ版の制作やNetflixでの世界配信がその人気を一層加速させ、米国図書館協会(ALA)の推薦図書にも選ばれるなど、教育機関での評価も高まっています。また、高屋奈月氏の学園ファンタジー『フルーツバスケット』も、米国でコミック部門の年間ベストセラーとなり、ギネス世界記録に認定されるほどの成功を収めました。さらに、多田かおる氏の『イタズラなKiss』は、台湾、韓国、タイなどでテレビドラマ化され、アジア圏全体で広く知られる作品となりました。これらの事例は、少女マンガが少年・男性向けマンガと同様に、国際的な影響力を持つコンテンツへと成長したことを明確に示しています。

日本の少女マンガが世界中で愛される背景には、普遍的なテーマと共感を呼ぶ人間ドラマがあります。青春時代の悩み、友情、恋愛、自己成長といった感情は、文化や国籍を超えて人々の心に響くものです。これらの作品は、異文化間の理解を深める架け橋となり、読者に感動と共感をもたらしています。少女マンガの進化と国際的な成功は、文化交流の新たな可能性を示し、今後もその影響力は拡大し続けるでしょう。未来においても、日本の少女マンガが多様な物語と感動を世界に届け続けることを期待します。

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五島列島 頭ヶ島天主堂:信仰と石造りの歴史

五島列島の神秘的な頭ヶ島に建つ頭ヶ島天主堂は、迫害を乗り越え、信仰の光を守り抜いた人々の歴史を静かに語りかける場所です。この教会は、単なる建築物以上の意味を持ち、厳しい時代を生き抜いた信徒たちの強い意志と、彼らが築き上げた共同体の絆の象徴となっています。

信仰と歴史が息づく石の聖堂

頭ヶ島:信仰を守り抜いた隠れ里

五島列島の旅の終着点として、中通島と橋で結ばれた頭ヶ島を訪れます。この島はかつて無人島でしたが、江戸時代末期、キリスト教の迫害から逃れてきた中通島の信者たちが移り住み、新たな生活を築きました。彼らは仏教徒を装いながらも、その心の中ではひそかに信仰を守り続け、困難な環境の中で開拓を進めたのです。

頭ヶ島天主堂の誕生と建築美

明治時代に入り、信仰の自由が認められるようになると、信者たちは念願の教会建設に着手します。それが、石造りの頭ヶ島天主堂です。この教会の設計と施工を手がけたのは、名高い建築家、鉄川与助でした。天主堂の外壁には、頭ヶ島とその周辺で採れる「五島石」と呼ばれる砂岩が用いられており、その荒々しい加工は、地域の自然と歴史に深く根ざした建築美を醸し出しています。

内装に込められた信仰の象徴

天主堂の内部に足を踏み入れると、天井から壁面にかけて広がる淡い色調の花のレリーフが訪問者を迎えます。これは、潜伏期において厳しい環境に耐えながらも、心の奥底で信仰という美しい花を咲かせ続けた信徒たちの強い精神性を象徴しているかのようです。この装飾は、信徒たちがどれほどの困難に直面しても、希望と信仰を失わなかったことを物語っています。

頭ヶ島天主堂の歴史的価値と訪問案内

頭ヶ島天主堂は、海と山に囲まれた頭ヶ島の集落の中心に位置し、大正8年(1919年)に竣工しました。その歴史的、文化的価値から、国の重要文化財に指定されています。訪問を希望される方は、事前に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター」への連絡が必要です。この教会は、五島列島の隠れた信仰の歴史を体感できる貴重な場所であり、その美しさと歴史の深さに触れることができます。

専門家による洞察と記録

長崎総合科学大学教授の山田由香里さんによる解説では、頭ヶ島天主堂に用いられた五島石が、長崎の居留地やオランダ坂の石畳にも使われていることが明らかにされています。山田教授は、平戸市教育委員会や各務原市教育委員会での経験を持ち、『長崎の教会堂─風景のなかの建築』などの著書を通じて、地域の建築文化に貢献しています。この取材と文は藪内成基氏が担当し、松隈直樹氏が写真撮影を行いました。この記事は、『サライ』2026年7月号に掲載されたものです。

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