星のや京都:船頭が手掛ける「薫香bar」で嵐山の夜を五感で味わう

星野リゾートが提供する数々の個性的な宿泊施設ブランドの中でも、「星のや京都」は、その土地固有の文化や歴史を尊重し、訪れる人々を非日常の世界へと誘います。各施設で提供される特別な体験や食、そして心満たされる滞在の裏側には、スタッフたちの深い創意工夫と情熱が息づいています。今回は、嵐山の渓谷にひっそりと佇む「星のや京都」で、船頭が手掛けた一風変わったバーの物語をご紹介します。
この物語の中心人物は、「星のや京都」で船頭を務める表瑠海さんです。彼は2022年に入社し、現在4年目を迎えるベテラン。日中は大堰川で宿泊客を乗せ、嵐峡の壮大な景色を案内する傍ら、個人的にはバー巡りを趣味とし、お酒の世界に静かな憧れを抱いていました。そんな彼の「いつか自分たちの手でバーを創り上げたい」という秘めたる思いが、施設での「夜の体験」見直しを機に実現へと向かいます。コロナ禍で休止していたバーの再設計が決定し、表さんは迷うことなくこの挑戦に手を挙げました。彼の情熱は自宅でのカクテル研究へと繋がり、限られた時間の中で理想の一杯を追求する日々が始まったのです。
表さんが手掛けるバー「薫香bar」は、2025年にオープンしました。場所は、約130年前に建てられた歴史ある蔵です。白壁と太い梁が特徴的なこの空間は、日中は宿泊客が歓迎のドリンクを楽しむ場所ですが、夜になるとキャンドルの灯りに包まれた静謐なバーへと変貌します。ここでは、厳選されたジャパニーズウイスキーと、白檀や沈香といった古来の香原料を組み合わせるという、他に類を見ない体験が提供されます。お客様が香りとお酒の調和を直感的に楽しみ、自分だけの「好き」を発見できるような空間を目指しており、専門的な知識は必要ありません。ソムリエの資格を持つ二宮知嵩氏の協力も得て、「難しくしない」という哲学のもと、誰もが気軽に楽しめるバーが誕生しました。
ウイスキーに馴染みのないお客様にもこの特別な体験を届けたいという表さんの思いから、彼はオリジナルカクテルの開発にも尽力しました。試行錯誤の末に生まれた一杯は、「夕紅(ゆうべに)」と名付けられました。この名前には、彼が船頭として日々川の上から見つめる、夕暮れ時に嵐山の空が赤く染まる美しい情景が込められています。口数の少ない表さんの内なる詩情が、グラスの中で見事に表現された瞬間です。
今日も表さんは、昼間は嵐峡の川面を渡り、夜は「薫香bar」のカウンターに立ち、静かに宿泊客を迎えます。130年の時を経てきた蔵の中で、揺れるキャンドルの光が、ウイスキーと香木の織りなす繊細な香りを一層引き立てます。舟でしか到達できない奥嵐山の夜に、「夕紅」というカクテルが誰かの夜を彩るとき、「薫香bar」はその瞬間の最高の場所となるのです。