ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎氏は、かつて富山県南砺市のオーベルジュ「Levo(レヴォ)」を例に挙げ、いかに優れた飲食店が地理的な制約を超え、国内外から人々を惹きつけ、地域に経済的恩恵と交流をもたらすかを示しました。彼は、このような非凡な情熱と変革の精神を持つ人々を「ヘンタイ」と称しています。今回は、レヴォのような辺境の地とは異なり、都市部に位置しながらも、通常の観光動線から外れた場所で世界中の富裕層を魅了する「デスティネーションレストラン」の一例として、北九州市の「照寿司」に焦点を当てています。
北九州市は、門司港のレトロな景観や日本新三大夜景都市としての顔を持つ一方で、かつては北九州工業地帯の中核として栄えた大都市の印象が強い地域です。人口約90万人を擁するこの地で、日本の高度経済成長を支えた八幡製鉄所の足元、戸畑区に位置するのが照寿司です。1964年に創業した当初は、仕事帰りの客が気軽に立ち寄る町寿司で、刺身や天ぷら、生ビールを楽しむ庶民的な店でした。しかし、三代目である渡邉貴義氏が修業を終え店に戻ってから、大きな転換期を迎えます。渡邉氏は、店の品質向上を目指し、冷凍ネタの廃止、地元漁師との直接取引による天然魚の仕入れ、そして米酢から粕酢を用いた赤酢への変更など、食材と調理法に徹底的にこだわりました。さらに、握り寿司を客の手に直接提供するスタイルや、樹齢300年の吉野ヒノキを使ったカウンター席、8席のみの空間設計、そして名物「鰻バーガー」の考案など、多岐にわたる改革を実行しました。特に「ファンビジネス」としての寿司を定義し、エンターテイメント性を追求した彼のパフォーマンスは、蝶ネクタイと白衣を身に着け、歌舞伎役者のような見栄を切る演出で客を魅了し、瞬く間にInstagramで拡散され、わずか数年で世界的に有名な寿司店へと飛躍しました。
照寿司の国際的な成功は目覚ましく、2019年にはニューヨーク・タイムズの全面広告に掲載され、スウェーデン、マカオ、タイ、中国、アメリカ、スペインなど世界各地でポップアップイベントを開催しています。さらに、2023年のサウジアラビア出店を皮切りに、今年はロサンゼルスやラスベガスにも店舗を展開予定です。現在では、顧客の約9割が外国人観光客となり、地方都市である北九州に、一人約5万円の寿司を味わうために世界中の富裕層がわざわざ訪れるようになりました。渡邉氏は、インバウンド客のために、一貫ごとに「どうぞ」とポーズを取りながら寿司を提供し、その様子がSNSを通じて世界中に広がることで、さらなる集客へとつながる好循環を生み出しています。
このような成功は、単なる料理の技術だけでなく、独創的な発想と顧客体験の最大化に尽力した結果と言えるでしょう。渡邉氏の情熱と革新的なアプローチは、伝統的な食文化に新たな価値を見出し、地方の魅力を世界に発信することに成功しました。これは、既存の枠にとらわれず、常に最高のサービスとエンターテイメントを追求し続けることの重要性を示しています。彼の物語は、どんな分野においても、情熱と創造性があれば、辺境の地からでも世界に通用する成功を収めることができるという、希望に満ちたメッセージを伝えています。