本稿では、戦国の荒波を生き抜いた織田信長にゆかりのある二人の女性、妹の市と長女の徳姫の波乱に満ちた生涯を深掘りします。特に、権力闘争の渦中にあった彼女たちの人間関係や、婚姻による政治的役割、そしてその後の人生の軌跡を詳細にたどることで、歴史の裏に隠された女性たちの知られざる側面を明らかにします。信長亡き後の豊臣、徳川の時代へと移り変わる中で、彼女たちがいかに自らの運命と向き合い、未来へとつなげていったのかを考察します。
信長ゆかりの女性たち:市と徳姫の知られざる足跡
戦国の世、織田信長の血を引く女性たちの人生は、激動の時代そのものでした。今回は、信長の妹である市と、長女の徳姫(五徳とも呼ばれる)に焦点を当て、彼女たちの複雑な人間関係と、その後の歩みを紐解いていきます。
まず、信長の妹・市は、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に対する複雑な感情を抱いていました。一般的には兄弟と仲が良いと思われがちですが、市は秀吉が織田家の権力を奪う存在であると認識していたようです。これは、浅井長政との間に生まれた嫡男・万福丸が秀吉によって殺されたという説(現在では万福丸が市の実子ではないとの見方が有力ですが、浅井家の嫡男であることには変わりありません)や、織田家の権力簒奪を企む秀吉への警戒心から来ていたとされています。かつての大河ドラマ『おんな太閤記』では、市が秀吉を許せないと語る場面が描かれましたが、『豊臣兄弟!』では、個人的な恨みよりも、織田家の危機を察知した上での敵対視が強調されています。
次に、信長の長女である徳姫の生涯もまた、戦国の女性の過酷な運命を象徴しています。徳姫は徳川家康の嫡男、松平信康に嫁ぎ、二人の姫(登久姫と熊姫)を授かりました。しかし、天正7年(1579年)に夫・信康が自刃するという悲劇に見舞われ、彼女は織田家へ戻ることになります。この出来事は、2023年の大河ドラマ『どうする家康』でも描かれ、徳姫が二人の娘を徳川家に残さざるを得なかった状況が視聴者の心に深く刻まれました。本能寺の変が起こった際、徳姫はまだ23歳。36歳で柴田勝家との縁談が持ち上がった市とは対照的に、徳姫には再婚の話はなかったとされています。
徳姫の母は信長の嫡男・信忠や次男・信雄と同じであったとされ、織田家の中での序列は市よりも高かった可能性も指摘されています。本能寺の変後は、兄・織田信雄の庇護を受けますが、信雄が改易された後は、実家の織田宗家が財力を失ったため、尾張などを転々としながら京都で生涯を終えました。寛永13年(1636年)に亡くなった際、世はすでに徳川家光の時代であり、日光東照宮の陽明門が完成し、伊達政宗が死去するなど、まさに時代が大きく移り変わった時期でした。
徳姫の孫の孫にあたる蜂須賀千松丸(後の3代藩主蜂須賀光隆)の誕生時には、乳母の選定を巡って彼女の知恵が借りられたという興味深い逸話も残されています。徳姫は1559年生まれであり、当時70歳を超えていたと推測されます。しかし、登久姫が嫁いだ小笠原家や、熊姫が嫁いだ本多家、そして蜂須賀家といった子孫たちにとって、「岡崎様=徳姫」は深い尊敬と敬愛の対象であり続けました。彼女の子孫たちは、従兄妹婚を通じて血縁を繋ぎ、小笠原家と蜂須賀家の濃密な縁戚関係を築き上げていきました。
徳姫が選んだ乳母「万」もまた、宮津藩京極氏の家臣の娘であり、夫は福島正則の家臣という経歴を持つ女性でした。福島家改易後は浪人生活を送っていた彼女が、蜂須賀家の跡継ぎの乳母に選ばれたことは、時代の変遷と人々のつながりの奥深さを示しています。千松丸は2歳で初めて江戸に上る際、京都に立ち寄って数日間徳姫のもとに滞在したと伝えられています。徳姫は、千松丸が徳島藩主となる姿を見届けることなく、54年前に父信長を、57年前に夫信康を失った激動の人生に幕を閉じました。
織田、豊臣、そして徳川へと天下人が移り変わり、社会が大きく変貌する中で、徳姫がどのような思いでこの世を見つめていたのか、その心境は想像するに難くありません。彼女たちの生涯は、単なる歴史上の出来事としてだけでなく、困難な時代を強く生き抜いた女性たちの物語として、現代にも語り継がれるべき貴重な教訓を含んでいます。
この物語から私たちが受け取ることができるのは、戦国の世における女性たちの役割の多様性と、彼女たちが直面した葛藤や選択の重みです。市と徳姫、二人の織田の姫君たちは、それぞれ異なる形で時代の波に翻弄されながらも、自らの血と縁を通して後世へと影響を与え続けました。彼女たちの生き様は、単に家族の一員としてだけでなく、政治的な駆け引きの中で、また家族の絆を守るために、いかに強く、そして賢く行動したかを教えてくれます。歴史の陰に埋もれがちな女性たちの物語に光を当てることで、私たちは過去の出来事をより深く、多角的に理解する手がかりを得ることができます。そして、現代社会を生きる私たちにとっても、困難な状況下での決断や、人とのつながりの大切さを改めて考えさせられるきっかけとなるでしょう。