山形県の銘酒「十四代」の十五代目蔵元である高木辰五郎氏(旧名:高木顕統)は、30年以上にわたる酒造りの歩みを振り返り、現在と未来に対する深い洞察を語った。彼の日本酒造りは、芳醇旨口という新たな潮流を築き、多くの後続の蔵元に影響を与えてきた。常に改良と挑戦を重ねるその姿勢は、日本酒業界に革新をもたらし、その人気は衰えることを知らない。この記事では、高木氏の酒造りにかける情熱、気候変動への適応、そして次世代への継承にかける揺るぎない信念について深掘りする。
「十四代」高木辰五郎氏:革新と伝統が織りなす酒造りの真髄
1994年、淡麗辛口が主流だった日本酒業界に、高木辰五郎氏が手がける「十四代」は芳醇旨口という革新的な味わいで衝撃的なデビューを果たした。若き当主が自ら酒を造る「蔵元杜氏」というスタイルも、当時としては異例であり、その存在は瞬く間に注目を集めた。以来30年余り、「十四代」はその人気を不動のものとし、数多くの日本酒愛好家を魅了し続けている。
六本木で開催されるCRAFT SAKE WEEKや明治記念館での「酒人好の会」など、毎年「十四代」が出展するイベントでは、その一杯を求めて長蛇の列ができる。正規特約店での入手は困難を極め、抽選や会員制販売が一般的だ。オンラインの転売市場では高額なプレミア価格が付くことも珍しくなく、その希少性と存在感は圧倒的である。
「王祿」の蔵元杜氏である石原丈径氏は、高木氏を「特別なオーラを持つスーパースター」と評し、そのリーダーシップは業界内で広く尊敬を集めている。高木酒造を30年以上にわたり業界のトップランナーとして導いてきた秘密を探るため、2026年3月、私たちは山形県村山市にある高木酒造を訪問した。
仕込み蔵に足を踏み入れると、甘く芳醇な蒸し米の香りが鼻腔をくすぐる。高木氏が改良を重ねてきたという「甑(こしき)」は、近年の気候変動、特に夏の高温による米の硬化に対応するために進化を遂げていた。米の吸水歩合の調整、麹造りの変更など、数々の試行錯誤を経て、蒸気の出方や断熱方法を刷新。これにより、蒸し米も麹も理想的な状態に仕上がるようになったという。
また、蒸し上がった米を冷却する「放冷」の工程にも高木氏のこだわりが光る。多くの蔵が大型のベルトコンベア式冷却機を使用する中、「米を傷つけず、丁寧に冷却したい」との思いから、高木氏は自然放冷を重視する。以前は床に敷いた布の上で行っていたが、現在では木製のX型台座を使用している。これは「みむろ杉」や「而今」の蔵元からヒントを得たもので、作業者の負担軽減と衛生管理の向上に貢献している。
麹室にも新たな変化が見られた。以前はなかった木製の大箱が導入され、麹の育成方法にも改良が加えられている。8kg盛りの中箱と30kg盛りの大箱を併用し、温度センサーと送風・電球システムを組み合わせた独自の装置を開発。これにより、「栗のような香りの麹」を安定して造り出すことに成功した。「良いと思った設備や道具は貪欲に取り入れるが、単に導入するだけでなく、自分流に改良して使いこなすことが重要」と高木氏は語る。
設備だけでなく、酒米の選定も毎年見直されている。かつて「本丸」に美山錦を使用していたが、今では山田錦を麹米に、愛山を掛米に用いるなど、大吟醸クラスの高級米を惜しみなく投入している。酵母の選択、吸水・蒸し・麹造り・もろみ管理の方法、さらには小さな道具やスタッフのユニフォームに至るまで、あらゆる要素を毎年検討し、固定観念にとらわれることなく大胆な変更を加えてきた。
「今年うまくいったからといって満足しない。常にさらに上を目指す」という高木氏の言葉は、彼の尽きることのない探求心を表している。その飽くなき向上心こそが、「十四代」が30年以上トップを走り続ける原動力なのだ。
今期の酒造りは、2025年9月15日の「初洗い」から2026年4月25日の「皆造」まで、130本のタンクで仕込みが行われた。酒造りが終わっても高木氏に「休み」はない。来期の設備投資や社員の福利厚生など、夏の期間は来期に向けた構想を練る大切な時間となる。「24時間365日、酒造りのことだけを考えていたい」と語る高木氏の言葉には、仕事への深い愛情と情熱が込められている。
「宝剣」の土井鉄也氏や「荷札酒」の田中悠一氏といった後輩蔵元たちは、「十四代」の進化に畏敬の念を抱いている。「甘口の酒はバランスを崩しがちだが、『十四代』は驚くほどの完成度で、しかも年々進化している」と土井氏は称賛し、田中氏も「様々な味が奇跡的なバランスで調和している」とその唯一無二の存在感を語る。
「はせがわ酒店」の長谷川浩一氏も、「人の心は移り気なのに、30年以上も人気が衰えないのは奇跡。高木は男が惚れる男だ」と、高木氏の揺るぎない努力と進化を絶賛した。
一方で、変わらないものもある。築265年を経た1号蔵の酒母室は、高木家にとっての宝物であり、ラ・フランスやライチを思わせる独特の「十四代香」を生み出す。この香りは酵母選びと落下菌の影響によるもので、高木氏は「先祖代々使われてきた酒母室を変えるつもりはない」と断言する。
生産量についても、増産を求める声があるものの、「目の届く範囲で、最高の酒を造りたい」という信念から、現状を維持する方針だ。豪雪地帯である村山の特性を活かした「寒造り」は、ゆっくりと発酵が進み、きめ細やかな酒質を生み出す。高木氏は、この地で先祖が酒造りを始めたことに深く感謝している。
高木氏が目指す酒の味のイメージも、デビュー以来変わらない。子供の頃に酒蔵で感じた蒸し米の甘い香りや、米を噛んだ時の甘味・旨味を日本酒で表現すること。その基本的なテーマは常に一貫している。
「米の旨味を表現するという基本は変えずに、大胆な挑戦もしています。しかし、微生物相手なので、狙い通りにいかないことも多い。失敗するたびに悩み、反省し、調整する。毎年その繰り返しです」と高木氏は語る。彼の言う「失敗作」とは、世間的には十分美味しい酒であっても、彼自身の理想とする「十四代の味」とは異なるものを指す。「マスクメロンを目指して夕張メロンになったようなもの」と比喩するその言葉からは、一切の妥協を許さないプロフェッショナルの姿勢が垣間見える。
デビュー当初、アルコール度数18度近くあった「中取り純米無濾過生」は、現在では14度台にまで下げられ、香りも穏やかになった。生酒は冬季限定となり、その変化は「度数の流行に合わせたのではなく、自分が旨いと感じる度数にしただけ。生酒を限定にしたのは、保存の問題と、火入れの落ち着いた酒を好むようになった自分の味覚の変化、そして搾りたてという季節の味を大切にしたいから」だという。常に自分自身が納得できる「旨い酒」を追求することが、顧客の信頼に応える最善の道だと信じている。
現在、高木氏が目指す味は、「米の甘味と旨味を追求しつつ、スマートでありながらも痩せすぎず、艶やかで、たおやかな酒。日本酒の入り口にもなり、究極でもある酒」である。彼が描くイメージを酒として具現化する卓越した技術、幼少期に祖父から受けた英才教育で培われた並外れた味覚、そして何よりも頂を目指す情熱。これらが高木辰五郎氏を30年以上トップに立たせる原動力なのだ。
「杜氏とは長い経験を経て到達できる偉大な称号」と語り、長年「製造責任者」と名乗ってきた高木氏が、2023年に初めて自らを「杜氏」と称した。「造り始めて30年目、ようやく自信を持って杜氏と名乗れます」という彼の言葉には、謙虚さと同時に、長年の努力と実績に裏打ちされた確固たる自信が感じられる。
2023年4月には、父である十四代目の他界に伴い、十五代目蔵元・高木辰五郎を襲名。しかし、その後も彼は現場に立ち、酒造りの指揮を執り続けている。2012年の心肺停止という危機を乗り越え、無理はできない体となったが、社員に作業を任せることで「和醸良酒」の真の意味を悟ったという。社員の負担を慮りつつも、その年の酒が国内主要賞を総なめにしたことは、チームワークの重要性を示唆している。
高木氏は自身の功績を「創業410年の歴史の中で、先祖が家業を守り続けてくれたおかげ。たまたま十五代目の代で日の目を見ただけ」と謙遜する。そして、自分を支えてくれた人々への感謝を忘れず、「すべての縁に感謝し、さらに改良を重ね、建物や設備においても先送りすることなく、万全な形で次世代に繋いでいくことに力を注ぎたい。跡を継ぐ十六代目には、自分の味を存分に突き詰めていって欲しい」と未来への希望を語り、この壮大な物語は締めくくられた。
高木辰五郎氏の酒造りへの情熱と、時代に即応しながらも伝統を重んじる姿勢は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。日本酒という奥深い文化の中で、常に高みを目指し、進化を恐れないその精神は、あらゆる分野に通じる普遍的な価値を持つのではないでしょうか。彼の歩みは、単なる酒造りの物語に留まらず、情熱と挑戦がもたらす可能性を示唆しています。