磯部温泉の魅力:温泉マーク発祥の地とサクサクせんべいの秘密

群馬県に位置する磯部温泉は、ただお湯に浸かるだけでなく、その源泉を味わうこともできる珍しい温泉地として知られています。この温泉の最大の特色は、飲用許可を得た「飲める温泉」であることです。その泉質は独特の塩辛さを持っており、この特性を巧みに利用して生まれたのが、地域の名産品である「磯部せんべい」です。また、磯部温泉は日本で最初の温泉マークが誕生した地としても有名であり、その歴史を辿る「サクサクウォーク」は、この地の豊かな泉質と興味深い歴史を深く理解するための散策コースとなっています。
磯部温泉の源泉を口に含むと、その濃厚な塩味が広がります。碓氷川沿いに発展したこの温泉地は、江戸時代にその原型が形成されたと伝えられています。さらに、磯部温泉は「温泉マーク」発祥の地として広く認識されており、温泉街の随所、例えば道路や公園の遊具にまで温泉マークがデザインされているのを見ることができます。このマークの起源は、今から360年以上前の万治4年(1661年)にまで遡ります。当時の農民間の土地争いを解決するために幕府が出した評決文書に添付された地形図に、現在の温泉記号の元となる図が記されていたとされ、これが日本最古の温泉マークとして記録に残されています。この歴史的背景を受けて、磯部温泉旅館組合は2016年2月22日を「温泉マークの日」と定めました。磯部詩碑公園には「日本最古の温泉記号」を刻んだ記念碑が建立され、温泉街では温泉マークをモチーフにした様々な土産物や商品が販売されています。天明3年(1783年)の浅間山噴火によって湧出量が大幅に増加したことも、温泉街の発展に大きく貢献しました。その後、明治6年(1873年)には鉱泉が飲用にも適していると認められ、さらに明治18年(1885年)に信越線が高崎から横川まで開通したことで交通の便が向上しました。初代群馬県令の楫取素彦や井上馨外相といった著名な要人が別荘を構えたことから、磯部温泉はかつて高級別荘地として繁栄を極めました。
宿泊先のホテル磯部ガーデンで提供されている「サクサクツアー」に参加しました。「サクサク」という言葉は、磯部せんべいの独特の食感を表現しているとのことです。「なぜ磯部せんべいはサクサクなのか?」という問いの答えを探るこのツアーは、ホテル磯部ガーデンの櫻井太作社長が案内役を務めてくれました。アロハシャツのような温泉マーク柄のシャツを身につけた櫻井社長は、参加者を笑顔で出迎えました。温泉とせんべいは、この地で密接な関係を築いています。櫻井社長の説明によると、磯部温泉の源泉は太古の化石海水であり、なめると塩辛く冷たい鉱泉で、元々は沸かし湯として利用されていました。この鉱泉水を使用して焼き上げられる薄焼きせんべいが「磯部せんべい」であり、温泉街の名物として地元住民や観光客に親しまれています。この日訪れたのは「せんべいストリート」と呼ばれる、せんべい店が軒を連ねる通りです。「宿の数よりもせんべい屋が多い」と言われるほどで、現在でも8店舗が営業しています。各店舗では、丸型や四角型といった様々な形状のせんべいが作られ、それぞれ異なる味わいと個性を持っています。ツアーの途中、櫻井社長は「昔、磯部温泉にはライオン歯磨きの工場があったんです」という興味深い話をしてくれました。これは、温泉から歯磨き粉の原料となる重曹が採取できたためだそうです。磯部温泉の塩辛く冷たい鉱泉には「塩と重曹」が豊富に含まれており、これらの成分がせんべい作りに最適だったと考えられます。この話を聞いて、せんべいに対する興味が一段と深まりました。温泉水を使ったせんべいとしては、兵庫県の有馬温泉の「炭酸せんべい」が有名ですが、磯部温泉ではそれよりも早くから温泉銘菓として売り出されていたという歴史があります。
磯部温泉は、そのユニークな飲泉文化、日本初の温泉マーク発祥の地としての歴史的意義、そして温泉の恵みから生まれた「磯部せんべい」を通じて、訪れる人々に多彩な魅力を提供しています。過去の文献に残された温泉記号から現代に続くせんべい作りの伝統、そしてそれを巡る街歩きは、この地域の文化と歴史を深く体験する貴重な機会となるでしょう。塩辛い泉質が育んだ独特の食文化は、まさに磯部温泉ならではの宝物と言えます。