五木寛之と佐藤優が語る昭和の「翼賛」と現代社会の共通点

2026年に昭和100年を迎えるにあたり、激動の時代と現在の混迷する世界情勢をどのように捉えるべきか。このテーマに対し、大衆の視点を持つ五木寛之氏と歴史を俯瞰する佐藤優氏が、深く洞察する対談を行いました。本記事では、彼らの共著『一寸先は闇』の一部を引用し、戦時下の「翼賛」という行動様式が、いかにして国民の自発的な参加によって形成され、当時の社会にどのような一体感をもたらしたのかを探ります。現代の予測不能な状況下で、過去から学ぶべき教訓とは何かを考察します。
戦時下の「翼賛」:自発性と一体感の真実
五木寛之氏と佐藤優氏の対談では、戦中の日本社会における「翼賛」の概念が深く掘り下げられています。佐藤氏は、戦時下の世情が現代の映像作品で描かれるような、人々が皆戦争を嫌っていたという単純なものではなかったと指摘します。彼は、五木氏の幼少期の体験談を引き合いに出し、当時の国民、特に一般市民が、戦争に対して一概に反発していたわけではないことを強調しました。多くの人々が、ある種の自発的な「サポート」を通じて国策に協力していたという見解です。これは、当時の社会が単純な強制だけでなく、国民一人ひとりの内発的な動機に基づいていた可能性を示唆しています。
この「翼賛」という言葉の本来の意味は、「天皇を補佐する」ことを指し、権力からの強制ではなく、人々が自ら進んで支援する行為であったと佐藤氏は説明します。その象徴として「大政翼賛会」を巨大なボランティア団体と見なし、五木氏もこの見解に同意します。彼らは、多くの人が仕方なく従っていたと語られがちな当時の組織活動も、実際は自発的な側面が強かったと強調します。特に「国防婦人会」は、その成功例として挙げられ、女性たちが街頭で千人針を呼びかけたり、不適切な服装の人を非国民と非難したりする行動が、自発的に行われていた実態を浮き彫りにします。この活動のユニフォームであった割烹着は、身分や経済状況に関わらず、全ての人に平等な一体感をもたらす役割を果たしたと分析されています。こうした「偽りの一体感」であったとしても、確かに存在した国民と国家の一体感が、当時の昭和社会の一つの大きな特徴であったと、両氏は共通の認識を示しました。
国民的一体感と現代社会への示唆
戦時下の社会では、国防婦人会のような組織が、国民に「一体感」と「平等意識」を強く植え付けました。五木寛之氏と佐藤優氏は、この一体感が、当時の社会を動かす大きな原動力の一つであったと語ります。割烹着が、高価な着物であろうと粗末な絣であろうと、その上に羽織れば皆同じに見えるという事実が、階級や貧富の差を超えた平等感を醸成しました。このような環境が「みんなで祖国を守るんだ」という強い高揚感を生み出し、それが「麻薬のようなもの」であったと五木氏は表現します。この高揚感は、時に盲目的な愛国心へとつながり、個人が国家の目標に積極的に貢献しようとする心理的な基盤となりました。
仏教婦人会や女子挺身隊といった組織も、この国民的な一体感の形成に大きく寄与しました。女子挺身隊の学生たちが軍需工場へ向かう際に、二重橋の前で人々が日の丸を振って見送る姿は、当時の強い国民的熱狂と一体感を象徴しています。このような集団的な感情の高まりは、現代社会においても、特定の目標や課題に対して人々が一致団結する際に観察される現象と重なります。しかし、その裏側には、個人の自由や多様性が抑圧される可能性も潜んでいます。両氏は、戦時下の「偽りの一体感」が、社会にどのような影響を与え、また現代の我々がその歴史から何を学ぶべきかについて示唆を与えています。激動の時代における集団心理のメカニズムを理解することは、現代社会が直面する様々な問題に対処する上で、重要な示唆をもたらすと言えるでしょう。