佐渡のマチュピチュ!? 異世界の山頂へ 大佐渡山地縦走・後編

かつて貴族の流刑地であり、江戸時代には世界有数の金山として繁栄した佐渡島。この日本海に浮かぶ最大の島は、その歴史の中で独自の文化と豊かな自然を育んできました。文豪・太宰治が「死ぬほど淋しい」と表現したこの島の真の姿を解き明かすべく、筆者は6日間にわたる島一周の旅に出ました。前回の記事では、狂い咲く花々と強風に挑んだ大佐渡山地縦走の前半を紹介しましたが、今回はその続きとして、筆者が「佐渡のマチュピチュ」と称する金北山山頂の、まるで異世界のような景観に迫ります。
この旅の後半では、変化に富んだ大佐渡山地の縦走がさらに深まります。道は穏やかな林間を抜け、木漏れ日が差し込む中を歩くことで、一時的に厳しい気候を忘れさせるかのような心地よさを提供します。しかし、登山道には「夏の道」と「冬の道」という選択肢が現れ、旅人はルート選びの岐路に立たされます。過去の残雪状況を鑑み、慎重に「冬の道」を選んだ筆者でしたが、その先には想像を超える自然の試練が待ち受けていました。
山頂への試練:道選びと自然の壁
花の乱舞と荒々しい風を乗り越え、大佐渡山地縦走の後半戦へと足を踏み入れた。樹林帯に入ると、先ほどの突風が嘘のように穏やかな道が続き、木漏れ日が差し込む中、私は山頂まで順調に行けるのではないかと希望を抱きながら進んだ。しかし、道が二手に分かれ、「夏の道」と「冬の道」という標識が現れた。登山道では季節によって最適なルートが変わることがあり、選択を誤ると引き返す羽目になる。地図を確認すると、「夏の道」は池のそばを通るが、これまでの道のりに残雪があったため、念のため「冬の道」を選ぶことにした。そこへ女性二人組が追いつき、「私たちは夏の道を行ってみるわ。また山頂でね」と言って去っていった。彼女たちの後ろ姿を見送りながら、私は迷いを覚えた。池の景色は美しいだろうが、もし雪が残っていて踏み抜けば池に落ちる危険がある。一方、冬の道を選んだとしても、雪が溶けていれば岩だらけで歩きにくいかもしれない。
どの道を選ぶべきか、散々悩んだ挙句、「迷ったら進め、行けばわかる」という気持ちで歩き始めた。しかし、すぐに目の前に高さ4~5メートルはあるかと思われる雪の壁が立ちはだかり、私は思わず声を上げてしまった。半端に溶けた雪からは藪が突き出し、足元は滑りやすそうだ。そんな時、突然スマホが鳴り響き、私は飛び上がった。普段は知らない番号からの電話には警戒するのだが、動揺のあまり思わず電話に出てしまった。すると、相手は知らない男性の声で「あづささーん!」と、いきなり下の名前で呼ばれた。まさかと思いながら話を聞くと、佐渡トレッキング協議会の会長さんからだった。昨日、両津港の事務所で登山届を提出し、残雪状況や危険ルートについて尋ねたのだが、その時はガイド中でお会いできなかったため、わざわざ心配して電話をくださったのだという。会長に「佐渡の山を甘く見ていました!風が強く、雪も多くて苦戦しています」と伝えると、会長は「ははは!花は咲いてたでしょう?」「よかった!じゃあ、ハイキング楽しんできて~」と温かい言葉をかけてくれた。佐渡の人々の親切心には感動したが、一点訂正したいのは、屈強な佐渡人にとっての「気軽なハイキング」は、私にとってはかなりの登山だった。先日出会った70代の男性たちも「今はバスで上まで行けるから楽だよ。昔の小学生は地下足袋で遠足で登ってたんだから。明日登る?全然問題ないよ~」と余裕の表情で送り出してくれたが、佐渡人の山に対する「偏差値」の高さを思い知り、私はただうなだれるしかなかった。