「吾妻橋やぶそば」で味わう、芝海老たっぷりの「天抜き」と手打ち蕎麦の妙

蕎麦屋が持つ魅力の中でも、酒好きにとっては何と言っても「蕎麦前」のひとときが格別でしょう。蕎麦をいただく前に、ちょっとした肴と共に酒を嗜む。たとえ日がまだ高い時間帯であっても、蕎麦屋にはそれを許容する穏やかな雰囲気が漂っています。提供される肴は、板わさ、海苔、玉子焼きなど、蕎麦の具材を活かした素朴な品々が中心です。その中でも特に、揚げたての天ぷらは多くの人々を惹きつけます。この度訪れたのは、評判の蕎麦屋「吾妻橋やぶそば」です。店主の梅岡二郎氏は、「かんだやぶそば」で17年間修行を積んだ後、1984年に自身の店を開きました。42年もの長きにわたり、伝統的な「藪系」の味を守り続けています。この店で供される天ぷらは、芝海老のかき揚げただ一種のみ。使われるのは小ぶりながらも身の締まった芝海老で、かつて江戸湾の芝沖で豊富に獲れたことにその名が由来します。梅岡氏によると、「具材は芝海老しか使用していません。藪の天ぷらと言えば、やはり海老のかき揚げなのです。」と語ります。丁寧に下処理された芝海老は、衣と軽く混ぜ合わせ、170~180度の太白胡麻油で約2分半かけて揚げられます。揚げたてのかき揚げはそのまま「天種」として、温かい蕎麦つゆに浸せば「天抜き」と呼び名を変えます。これは、天ぷら蕎麦から蕎麦を抜いたことに由来しています。
この天抜きの魅力は、箸を進めるたびにプリプリとした芝海老が現れる点にあります。鯖節で丁寧に取られた出汁をベースに、やや甘めに仕上げられた蕎麦つゆに浮かぶかき揚げは、箸で軽くほぐすたびに、ふっくらと揚がった芝海老が次々と顔を出します。天種一つにつき15~16匹もの芝海老が使われているため、その満足感は非常に高いです。店主の梅岡氏は謙遜しつつ、「天ぷらはセンスが問われますからね。私はそれほど上手ではありませんよ。え?美味しかったですか?それはたまたまうまく揚がったのでしょう(笑)」と笑顔で話しました。かき揚げが徐々にほぐれてつゆに溶け出すと、衣の油が染み出してつゆの味わいを一層深くします。温かい汁物と酒の相性の良さを心ゆくまで堪能できるのも、蕎麦屋ならではの醍醐味です。この素晴らしい体験の締めくくりには、「もりそば」が最適です。白神山地産の蕎麦粉を使用し、店主が毎朝5時から丹精込めて手打ちする二八蕎麦は、打ちたての冷たい食感が、ほろ酔い気分を心地よく引き締めてくれます。
「吾妻橋やぶそば」での食体験は、単なる食事を超えた、日本の伝統的な食文化と職人の技が織りなす芸術と言えるでしょう。店主の梅岡氏が長年にわたり培ってきた技術と、素材への深い愛情が、訪れる人々に温かい感動と至福のひとときを提供しています。このような店で、歴史と伝統が息づく味わいを堪能することは、私たちに日々の喧騒を忘れさせ、心豊かな時間をもたらしてくれます。