世界の主要ホテル企業が「長期滞在」事業に重点を置き始めており、この動きは宿泊産業が従来の旅行市場の枠を超え、「居住市場」へとその領域を拡大していることを示しています。収益の安定化と運営効率の向上を目指し、各社は専用ブランドの創設や開発パイプラインの拡充を進め、さらにはホテル名を冠した分譲住宅「ブランドレジデンス」といった新しい市場への参入も加速しています。この戦略転換は、ホテル業界が単に客室を提供するだけでなく、顧客の「生活時間」そのものを獲得しようとする競争へと移行していることを明確に表しています。
長期滞在型宿泊施設の台頭とその背景
現在、マリオット、ヒルトン、ハイアット、IHGホテルズ&リゾーツなどの世界的なホテルグループが、その事業戦略の中心に「長期滞在(エクステンデッドステイ)」を据え、積極的な展開を見せています。これは、単に多様な客室タイプを提供することを超え、専用のブランドを新設し、専門チームを配置し、開発計画を急ピッチで進めるという、企業全体の方向性を変える動きです。この背景には、収益構造の安定化という明確なメリットがあります。一泊のゲストを多数獲得するよりも、一人の長期滞在客を確保する方が収益性が高まり、さらに清掃やフロント対応の頻度を減らせるため、運営コストも削減できます。結果として、投資家にとっても魅力的な事業となり、新たな開発案件が加速しやすい状況が生まれています。このように、ホテル業界は「客室数」の競争から、顧客の「生活時間」をいかに獲得するかという新たな競争フェーズへと突入しています。
この長期滞在型ホテルの進化は、将来的には「ブランドレジデンス」という、ホテルブランドが提供する分譲住宅市場への本格的な進出へと繋がっています。これは、宿泊ではなく「居住」そのものを事業領域とすることで、ホテル業界が旅行市場の境界を大きく広げ、人々のライフスタイル全体を対象とするビジネスへと変貌を遂げようとしていることを示唆しています。特に、コロナ禍以降のリモートワークの普及や米国における住宅価格の高騰が、「数週間から数カ月間、異なる都市で生活する」という新たな行動様式を定着させ、この長期滞在市場を大きく後押ししています。この市場は、富裕層だけでなく、出張者、転勤者、医療従事者、建設プロジェクト関係者、リモートワーカーといった幅広い層を顧客としており、ホテル業界の成長を牽引する重要な柱となっています。
大手ホテルチェーンによる長期滞在ブランドの拡大
世界の主要ホテルチェーンは、長期滞在市場の潜在的な成長性を捉え、この分野への投資を加速させています。マリオット・インターナショナルは2023年に「StudioRes(スタジオレズ)」ブランドを発表し、2025年6月に最初の施設をフロリダ州フォートマイヤーズに開業しました。このブランドを含むマリオットのミッドスケール長期滞在ブランドは、2025年末までに216施設、約2万7000室を展開し、年間で50%を超える成長を記録しています。同様に、ヒルトンも2025年7月に「リブスマート・スタジオズ」をテネシー州タラホーマにオープンさせ、全室にキッチン設備を完備し、10泊以上の滞在を想定しています。同社はさらに「アパートメント・コレクション・バイ・ヒルトン」を通じて、住宅運営会社との提携により、スタジオタイプから4ベッドルームまでの多様な居住空間を提供し、既存の約1万室のアパートメント型客室に加えて3000室規模の拡張を計画しています。
これらの動きは、ハイアットの「ハイアット・スタジオズ」やチョイス・ホテルズの「エバーホーム・スイーツ」など、他の大手ホテルグループも同様に長期滞在ブランドの拡大に注力していることからも明らかです。不動産サービス大手CBREの調査によると、米国の長期滞在型ホテル客室供給は2012年から2022年の10年間で50%以上増加し、その年平均成長率7.1%はホテル市場全体の3.2%を大きく上回っています。特に2022年秋以降には、この分野で5つの新ブランドが立て続けに発表されており、市場の活況を物語っています。これらの新しいブランドがターゲットとしているのは、従来の観光客というよりも、出張者、転勤者、医療関係者、半導体工場や再開発プロジェクトの建設従事者、そしてリモートワーカーなど、中長期的な滞在ニーズを持つ多様な層です。彼らのニーズに応えることで、ホテル業界は新たな顧客層を獲得し、事業の多角化と収益基盤の強化を図っています。