定年後の再出発:63歳男性が熟年離婚を経て見つけた新たな幸せ

定年後の人生に、かけがえのない伴侶を
年を重ねるごとに深まる結婚の難しさ:光平さんの経験から学ぶ
一般的に、年齢を重ねるにつれて結婚のハードルは高まると言われています。しかし、職場で築かれる人間関係の中には、意外なほど親密な関係へと発展するケースも少なくありません。63歳の光平さんもその一人です。彼は30年連れ添った妻との熟年離婚を経験し、一度は孤独の淵に沈みました。しかし、半年前には新たなパートナーと出会い、心穏やかな日々を送っています。彼は、「定年を迎えた後には、誰もが心から頼れる伴侶が必要不可欠だと痛感した」と語ります。
企業文化が影響した結婚観:上司の勧めと若き日の葛藤
大手企業に勤めていた光平さんは、60歳で定年を迎え、その後2年間は再雇用制度を利用して働き続けました。現在は、小規模ビジネスホテルのフロント係として充実した毎日を送っています。「60歳で離婚してからの2年間は、本当に地獄のような日々でした。しかし、今の仕事に就き、同い年の女性と再婚してからは、心からの幸せを感じています」と彼は振り返ります。現役時代は仕事一筋で、国立大学工学部を卒業後、工業機械メーカーでエンジニアとして国内外を飛び回る多忙な日々を送っていました。
学生時代には女性にモテたいという願望がありましたが、実際に女性との接点は少なく、苦手意識も持っていました。ある時、大学の先輩に「モテたい」と相談すると、「成績が良ければ良い会社に入社でき、そうすれば自然と女性が寄ってくる」とアドバイスされ、先輩たちの武勇伝を聞かされたそうです。1980年代はジェンダー意識がまだ低く、社会全体が女性を一段下に見る傾向にありました。当時のテレビドラマや小説、漫画などにもその風潮が色濃く反映されていました。女性側も「良妻賢母となり、経済力のある男性と結婚して安定した生活を送ることこそが幸せ」とされていた時代です。
「大手企業に入社したら、本当にモテるようになりました(笑)。以前は『ガリ勉』と揶揄していた中学校の同級生から連絡が来たり、駅で待ち伏せされたりすることも。何人かの女性と交際しましたが、彼女たちが本当に好きだったのは私ではなく、『私が勤めている会社』だと感じる瞬間もあり、結局長続きしませんでした」。そんな中、上司から強く勧められて結婚したのが、後に熟年離婚することになる元妻でした。
「35年前、独身の社員を見つけると上司は『結婚しろ』『男なら家庭を持て』と見合いを盛んに勧めてきました。独身でいるとまるで変わり者のように扱われたのです。そんな状況に観念し、『この人でいいか』という気持ちで結婚したのが妻でした。彼女は常務の遠縁にあたる年下の女性で、可愛らしくおとなしいところに好感を持ちました。仕事にも理解がある人だと信じていました」。結婚当初、妻はかいがいしく光平さんの世話を焼き、料理学校に通って凝った料理を作ってくれることもありました。しかし、彼が仕事で帰りが遅くなると、妻は作った料理を食べられず、光平さんが「無理して作らなくてもいい」と言っても、「妻としてそれはできない」と答えていたそうです。結婚2年目には娘が、4年目には息子が生まれ、マンションも購入し、光平さんは家族のために必死で仕事に打ち込んでいました。