小泉八雲とセツの関係を深めた親友の助け:朝ドラ『ばけばけ』の背景

絆を紡ぐ旅路:親友が描いた二人の未来
出会いから深まる絆:内縁の妻としてのセツ
明治24年(1891年)6月、小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、現在の小泉八雲旧居で共同生活を始めます。この時期、ハーンの親友である西田千太郎の日記には、セツがハーンの「妾」と記されており、彼女が内縁の妻のような立場にあったことがうかがえます。正式な結婚は明治29年2月まで待たなければなりませんでしたが、家族を持たないハーンは、セツの多くの親族を喜んで経済的に支援しました。彼は自身の給料100円のうち15円をセツの実母や養父母に渡し、セツはハーンにとってかけがえのない存在となっていきます。
「語り部」と「再話者」の共鳴:創造的なパートナーシップ
セツとハーンの家庭生活が幸福であったのは、彼らが単なる夫婦関係に留まらず、「語り部」と「再話者」として互いを支え合ったからです。ハーンは、他者の物語を独自の解釈と表現で再構築する「再話」を得意としていました。セツは結婚の翌日からハーンに物語を求められ、最初に語ったのは、鳥取の宿屋で布団が泣くという「鳥取の布団」の怪談でした。ハーンはセツの語りを聞き、彼女が自身の作家活動において重要な助手になり得ると確信し、「あなたは私の手伝いができる人です」と喜びました。
物語に捧げた人生:セツの献身と情熱
ハーンの喜びはセツを大いに驚かせましたが、彼女はこれを自身の使命と受け止め、ハーンのために喜びそうな物語を探し、語ることに没頭しました。昔話を語る際、セツはまず物語の骨子を伝え、ハーンが興味を示すとそれを書き留め、さらに詳細に語らせました。ハーンはセツに対し、「本を見るのはいけません。あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません」と促し、セツは物語を完全に自分のものにするまで語り続けました。怪談を語る際には、二人は部屋を暗くして籠もり、ハーンは息を殺して聞くことで、セツの語りにも自然と熱がこもったといいます。幽霊屋敷のような雰囲気の中、ハーンはセツの話からインスピレーションを得ると、表情が変わり、目が鋭く恐ろしくなったと伝えられています。こうしてセツは、ハーンの最期の日まで、彼の創作活動を支える「語り部」として寄り添い続けたのです。