れきしぶんか

日本の稀有な姓「多(おおの)」:古代のルーツと雅楽の伝統

名字研究の第一人者である森岡浩氏が、日本の姓氏の奥深い世界へと読者を誘います。今回は、特に珍しいとされる「多(おおの)」という姓にスポットを当て、その知られざる歴史的背景と文化的な足跡を辿ります。

「多」という姓は、一見するとシンプルな漢字ですが、「おおの」と読む稀有な姓です。その起源は古く、奈良時代の大和国十市郡飫富郷(現在の奈良県磯城郡田原本町多)という地名に深く根ざしています。元々は「おお」と読まれていましたが、時代とともに「の」が加わり、「おおの」という現在の読み方に変化しました。この「多氏」は、初代天皇とされる神武天皇の皇子、神八井耳尊の子孫と伝えられる古代からの名家であり、『日本書紀』にもその名が登場するなど、日本の歴史において重要な役割を担ってきました。特に注目すべきは、彼らが雅楽を代々継承する「楽家」として、平安時代以降、朝廷の雅楽を支え続けてきた点です。多自然麿が朝鮮半島の舞を日本独自の右舞に昇華させ、中国大陸の左舞と融合させることで、神楽の形式を確立しました。現在でも、多氏の子孫は宮中の雅楽に携わるほか、竹久夢二作詞の「宵待草」の作曲者である多忠亮のように、西洋音楽の分野でもその才能を発揮しています。

名字の研究は、単なる個人名の探求に留まらず、歴史、地理、民俗学といった多様な学問分野と交差することで、私たちが想像もしないようなルーツや文化的な繋がりを明らかにしてくれます。古代から現代へと続く「多」という姓の物語は、日本の伝統と文化がどのように育まれ、受け継がれてきたのかを教えてくれる貴重な事例と言えるでしょう。私たち自身の名字にも、きっと語られるべき歴史が息づいているはずです。

伝説の鞄職人、長江幸雄がランドセル製作から引退、技術継承の新章へ

日本の鞄業界で半世紀以上にわたり活躍し、卓越した技術で「ナガエのランドセル」を世に送り出してきた皮革製品マイスター、長江幸雄氏が、今年4月にランドセル製作の第一線から身を引きました。しかし、これは彼の情熱の終焉ではなく、むしろ新たな挑戦の始まりです。彼は、自身の培ってきた職人技を次世代に伝えるため、貴重な技術継承の道を選びました。この決断は、彼が76歳という年齢を迎え、ランドセルに課せられる6年間の修理保証を最後まで責任を持って果たしたいという強い思いから生まれました。長江氏の引退は突然の発表でしたが、彼の技術を惜しむ同業者たちの尽力により、新たな体制のもとで「ナガエランドセル」の伝統が守られ、発展していくことになります。

伝説の鞄職人、長江幸雄氏の新たな挑戦:ランドセル製作からの引退と技術継承の詳細

名古屋を拠点に活動してきた日本皮革製品マイスター、長江幸雄氏は、2022年には鞄職人として初の黄綬褒章を受章するなど、その功績は広く認められています。彼が手がけるランドセルは、厳選された本革素材と金具、そして細部にわたる縫製技術へのこだわりが詰まった逸品として知られ、多くの親御さんから信頼を集めてきました。今年4月、長江氏はランドセル製作からの引退を表明。その理由として、76歳という高齢に達し、ランドセルの重要な要素である6年間の修理保証を将来にわたって確実に提供するためには、今が最適な時期であると判断したことを挙げました。

この突然の発表に、業界内外の同業者たちは驚きを隠せませんでした。しかし、長江氏の「良いものを少しだけ」という哲学と、長年培われた唯一無二の技術が失われることを惜しむ声が多数上がりました。その中で、ある企業の社長がすぐに長江氏のもとを訪れ、彼の技術を継承したいと申し出ました。幸運にも、その会社にはかつて長江氏の工房で製造に携わっていた経験を持つ2人の職人が在籍しており、彼らが中心となって「ナガエのランドセル」の製作を引き継ぐことになりました。長江氏は当初、監修という形で技術指導にあたり、約1年をかけて工房の工作機械の大部分を新体制の工場へ移設。そして、2026年には新たな体制で製造された「2027年4月入学用モデル」が発表され、新生「ナガエランドセル」として新たな歴史を刻み始めました。これにより、長江氏が半世紀以上にわたって築き上げてきた職人としての誇りと技術は、未来へと確実に受け継がれていくことになります。

長江幸雄氏の物語は、単なる引退話に留まらず、日本の伝統的な職人技がいかにして現代社会で持続可能であるかを示す素晴らしい事例です。彼の決断は、高齢化が進む日本のものづくり業界において、技術継承の重要性と、それを実現するための柔軟な発想を私たちに教えてくれます。彼の情熱が次世代の職人たちに受け継がれ、さらに多くの子供たちの手に「ナガエランドセル」が届けられることを心から願っています。これは、個人のキャリアの転換点であると同時に、日本の伝統工芸の未来を照らす希望の光と言えるでしょう。

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中医学が教える「下脘」ツボ押しで胃の不調を改善

中医学の奥深さに触れる鍼灸師、兵頭明先生は、日々の不調を和らげる「下脘」というツボの重要性を説いています。このツボは、胃のさまざまな症状だけでなく、消化器系の全体的な健康維持にも貢献するとされています。この記事では、「下脘」の効能、正確な位置、そして日常に取り入れやすい刺激方法を詳しく解説し、健康的な生活を送るためのヒントを提供します。

鍼灸師・兵頭明先生が解説する「下脘」ツボの効能と活用法

中医学の深い知識を持つ鍼灸師、兵頭明先生は、日々の健康維持に役立つ「下脘(げかん)」というツボの効能と正しい刺激方法を分かりやすく解説しました。このツボは、体の不調を和らげ、健康の基盤を築くために毎日わずか1分のツボ押し習慣を提唱しています。特に胃の不快な症状に効果的で、消化不良、下痢、吐き気、そしてしゃっくりまで、幅広い胃腸のトラブルにアプローチします。

「下脘」という名前は、胃の下部に位置することから名付けられ、任脈に属する重要なツボです。その位置は、お腹の正中線上で、へそから上へ2寸のところにあります。ここで言う「寸」とは、自身の指の幅を基準とする「同身寸法」という測定法を用います。具体的には、親指の幅を1寸、人差し指から薬指までの3本の指を合わせた幅を2寸、人差し指から小指までの4本の指を合わせた幅を3寸とします。この方法で自分の体の比率に合わせてツボの位置を正確に割り出すことができます。

「下脘」の刺激方法は非常にシンプルです。中指の腹を下脘に垂直に当て、息をゆっくりと吐きながら深く押し込み、息を吸う際に指を緩めます。この動作を5回繰り返すことで、効果が期待できます。このツボには、胃の働きを整え、胃痛や膨満感を和らげる効果があります。また、脾臓と胃の密接な関係から、脾臓の機能を改善することで消化不良や下痢の症状も緩和します。さらに、上に突き上がった胃の気を鎮めることで、嘔吐やしゃっくりを止める作用もあるとされています。

古くは中国の宋の時代に記された『鍼灸資生経』にも、「るい痩(やせ)」と呼ばれる病的な痩せの治療法として、「下脘」をはじめとする複数のツボの組み合わせが有効であると記述されており、その歴史と信頼性がうかがえます。兵頭先生は、現在、学校法人衛生学園の中医学教育臨床支援センター長を務め、天津中医薬大学の客員教授、神奈川歯科大学の特任教授としても活躍されています。1982年に北京中医薬大学を卒業後、中医学の普及に尽力し、数々の著書や翻訳書を世に送り出してきました。現在は「医療・介護・鍼灸」の三分野連携による認知症対策プロジェクトにも取り組んでいます。イラストはミヤジュンコ氏が担当しています。

日々の生活の中で、私たちはさまざまな体の不調に直面します。胃の不快感は、ストレスや食生活の乱れからくることも多く、放置すると慢性化する恐れもあります。しかし、この記事で紹介された「下脘」のツボ押しは、専門的な知識がなくても自宅で手軽に実践できる東洋医学の知恵です。兵頭明先生の解説は、単なるツボの紹介に留まらず、そのメカニズムや歴史的背景にも触れており、読者に深い理解と安心感を与えてくれます。日々の習慣としてツボ押しを取り入れることで、薬に頼らずとも自身の体のバランスを整え、より健やかな毎日を送るための一助となるでしょう。東洋医学が持つ、自己治癒力を高めるという考え方は、現代社会においてますます重要性を増していると感じます。

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