星野リゾートの多様な宿泊施設ブランドの中で、西表島ホテルが目指すのは「日本初のエコツーリズムリゾート」という壮大なビジョンです。この理念の実現に向け、ホテルは単なる宿泊提供にとどまらず、地域の環境保全と経済活性化に深くコミットしています。特に注目すべきは、地元のピーチパイン農家との協働で生まれた「環パインプロジェクト」。これは、コロナ禍という困難な時期を乗り越え、ホテルスタッフと農家が一体となり、情熱と試行錯誤を重ねながら、西表島独自の資源循環型農業を確立していく感動的な物語です。このプロジェクトは、地域の特産品であるピーチパインの価値を最大限に引き出し、全国へとその魅力を発信するだけでなく、持続可能な地域社会の実現に向けた希望の光となっています。
星野リゾート西表島ホテル、農家との共創で「環パインプロジェクト」が結実
2019年、星野リゾート西表島ホテルのスタッフ、西野和幸さんは、ホテルの生ゴミを液肥として再利用し、これを地元の農家に提供するべく、軽トラックを走らせてパイン畑を訪れる日々を始めました。当初、ホテルと農家との間に直接的な接点は少なかったものの、西野さんは農家の人々がパイナップル栽培に注ぐ情熱に触れ、彼らとの関係を深めていきました。この交流の中で、特に新しい挑戦に意欲的な池村一輝さんと平井伯享さんという二人のパイン農家と出会い、彼らとの間に「何か共に成し遂げたい」という強い思いが芽生えました。
しかし、その矢先、2020年には世界中をコロナ禍が襲い、観光客が激減し、ホテルは静寂に包まれます。この未曾有の事態は、ホテルスタッフに予期せぬ空白の時間をもたらしました。一方、パイン畑では季節の営みが止まることはありません。収穫、植え付け、そして強烈な日差しから果実を守るネット掛けといった重労働が続きます。
この状況下で、「島のことをもっと知りたい」という思いを抱いたホテルスタッフの伊藤久未さんが、パイン農家に協力を申し出ます。学生時代に沖縄本島で農作業の過酷さを経験していた伊藤さんは、西野さんと共に休館中のスタッフに呼びかけ、有志による「パイン部」を結成しました。彼らは泥まみれになりながら、農家の人々と共に汗を流し、パイン畑での過酷な作業に従事しました。鋭い葉が突き刺さる中で、長袖・長ズボンで作業を続ける日々は、ホテルスタッフにとって文字通り「闘いの場」でした。しかし、農家と同じ目線で土と向き合う中で、新たな信頼関係が築かれていきました。ある日、農家の人々が振る舞ってくれた冷えたパイナップルとビールは、彼らにとって何よりも「最高のご褒美」となり、その絆をより一層深めることとなりました。
2021年になると、この活動は「春のピーチパイン祭り」へと発展していきます。伊藤さんと西野さんは、西表島の本当においしいパイナップルを宿泊客に届けたいという一心で奔走しました。館内の装飾、展示棚の製作、買取価格の交渉、納品フローの構築、そして農家の取り組みを紹介する「パインの学校」の内容作りまで、すべてをゼロから作り上げました。
2022年、さらなる転換期が訪れます。農家の人々から「西表島のピーチパインを夕張メロンのような全国ブランドにしたい」という熱い想いが語られたのです。この夢に共感した西野さんと伊藤さんは、ホテルを農家の想いを伝える「ステージ」と位置づけ、希少な「ピーチパイン」に特化した情報発信を決断します。ここから、ホテルと農家による真の意味での「共創」が始まりました。「パインの学校」の企画では、パイン農業の苦労を伝えたい農家と、その美味しさをシンプルに伝えたいホテル側の間で激しい議論が交わされました。西野さんは農家の懸念を丁寧に聞き取り、伊藤さんは生産組合の想いを100%伝えるための展示とストーリーを練り上げました。そして、農家自身が宿泊客の前でピーチパインをカットし、その情熱を語る光景が実現した時、そこには農家とホテルスタッフ双方の確かな手応えがありました。
現在、この取り組みは「環パインプロジェクト」として西表島の土に深く根付いています。農家との協力のきっかけとなった液肥は、栄養価の高い完熟堆肥へと進化し、これを使用して育てられたピーチパインが2026年6月11日に初めて収穫されました。これは、ホテルが目指す循環型農業の一つのサイクルが完成した瞬間であり、持続可能な地域連携の成果です。収穫されたピーチパインは宿泊客に提供され、その美味しさと地産品の魅力を伝え、さらに竹富町の全小中学校には給食として寄贈され、子どもたちの郷土愛を育む機会となりました。このプロジェクトは、コロナ禍という逆境を乗り越え、より強固な地域連携へと成長し、西表島の未来を力強く切り開いています。
持続可能な観光と地域共創の可能性を拓く「環パインプロジェクト」
西表島ホテルが推進する「環パインプロジェクト」は、単なるホテルと農家の協業を超え、持続可能な地域社会のあり方を提示していると言えるでしょう。この取り組みから得られる啓発は多岐にわたります。まず、企業が地域社会の一員として、その資源を有効活用し、経済的利益だけでなく社会的価値も創出する「エコツーリズム」の具体的な実践例として、大きな示唆を与えています。コロナ禍という困難な状況下で、ホテルが一時的に営業を停止せざるを得なかった時、スタッフが自ら農作業に汗を流すことで、地域の課題に深く関わり、共感を育んだことは、従来のビジネスモデルにはない新たな連携の形を生み出しました。これは、危機を乗り越えるための柔軟な発想と、地域との絆を深める重要性を示しています。
また、「夕張メロンのようなブランドにしたい」という農家の夢をホテルが共有し、その実現に向けて共に努力する姿勢は、地域住民のプライドと情熱を喚起し、地域全体の活性化に繋がることを証明しています。顧客体験の創出においても、単に高品質な商品を売るだけでなく、その裏にある生産者の物語や苦労、そして地域への愛を伝える「パインの学校」のような取り組みは、消費者にとってより深い感動と共感を生み出すでしょう。これは、現代の消費者が求める「体験価値」の重要性を浮き彫りにしています。
「環パインプロジェクト」は、地域資源の循環を具現化し、環境負荷の低減と経済効果の両立を実現しています。液肥から完熟堆肥へ、そしてそれを用いて育てられたピーチパインの収穫という一連のサイクルは、持続可能な農業モデルの成功事例であり、他の地域にも応用可能な可能性を秘めています。今後、このような地域共創の取り組みが、観光業だけでなく、さまざまな産業分野で広がり、より豊かで持続可能な社会の実現に貢献していくことを強く期待させられます。