熊本県出身の池上ひさか氏が営む『ワイン食堂SAjiYA』は、東京・渋谷区に位置し、フレンチとナチュラルワインの絶妙な組み合わせを提供しています。美術大学での挫折を経験した後、料理の道に進んだ池上氏は、レストランでの修行中に田中篤氏と出会い、共に独立を決意します。東日本大震災の直後という厳しい状況下で開業した同店は、「女将」という役割を通じて、お客様に寄り添い、心地よい空間を提供し続けています。本記事では、彼女の個性的な人生、料理とワインへの情熱、そして店への思いに深く迫ります。
渋谷『ワイン食堂SAjiYA』女将、池上ひさか氏の物語
2011年3月29日、東日本大震災からわずか18日後、東京・渋谷区の神山町に『ワイン食堂SAjiYA』はひっそりと開店しました。この店を切り盛りするのは、熊本県出身の女将、池上ひさか氏です。彼女の人生は、幼少期からの「とんがった」個性と、幾度もの転機によって彩られています。
1979年、情熱の地、熊本県に生まれた池上氏は、絵を描くことに夢中な10代を過ごしました。東京藝術大学を目指して2度の浪人を経験するも、最終的には別の美術大学に進学。しかし、そこで出会った強烈な個性の波に圧倒され、2年で退学するという、人生初の大きな挫折を経験します。そんな失意の彼女を救ったのは、意外にも「料理」でした。
「作品は完成すると手元に残り続けるけれど、料理は懸命に作っても、お客様に召し上がっていただけば消えてしまう。その儚さが心地よかった」と語る池上氏。料理人としての道を志し、カフェでの経験を経て、あるレストランで3年間研鑽を積みました。男性社会であった厨房は彼女の性分に合っていたものの、そこは「人生最高のしんどさ」が凝縮された場所でもありました。そこで彼女は、後のパートナーとなる田中篤氏と出会います。「私がしていたのは作業でしたが、彼は『料理』をしていた」と池上氏は振り返ります。
やがて独立を考えるようになった時、シェフは田中氏だと自然に思えたといいます。そして池上氏はワインを担当すべく、恵比寿のナチュラルワイン専門店『トロワザムール』の門を叩きます。そこで彼女は、淡く軽やかな口当たりのナチュラルワインに衝撃を受け、その魅力に深く引き込まれていきました。
開店当初、『SAjiYA』は「地味な日常の店でありたい」という池上氏の願いから、誕生日のお祝いさえも断るほどでした。初めての接客業務では、お客様同士の弾む会話を台無しにしてしまうなど、打ちひしがれることも多々あったといいます。しかし、彼女は「飲食店は一夜で完結する。毎日お客様は入れ替わるから、今日の失敗は明日の洗い物と共にリセットされる」と前向きに捉えていました。
東急百貨店本店が姿を消した奥渋谷の地で、15年という長い歳月を店と共に歩んできた池上氏。公私ともにパートナーであった田中シェフとは「私」の部分を解消し、プロフェッショナルとして店を営む道を選びました。人からどう見られるかなど気にも留めなかった彼女ですが、40歳を過ぎてからメイクを始めます。「自分のやりたいことを実現するためには、やらなければならないこともあると気づいた。身だしなみも言葉遣いも、きちんとすることは大切なのだと」と語る彼女の言葉には、深みが増しています。現在の彼女は、持ちうる五感を駆使し、お客様一人ひとりに寄り添う接客を心がけています。「お客様には、心地よく酔いしれて、心ゆくまで満足して帰っていただきたい」――そんな願いを胸に、池上ひさか氏は今日も『ワイン食堂SAjiYA』の厨房に立ち続けています。
池上ひさか氏の歩みは、困難に直面しても自身の情熱と向き合い、新たな道を開拓し続けることの大切さを教えてくれます。特に、美術から料理、そしてナチュラルワインへとその興味の対象を広げながら、それぞれの分野で真摯に学び、経験を積んできた姿勢は、私たちに多くのインスピレーションを与えます。彼女が語る「料理は食べると消える」という言葉には、一期一会の出会いを大切にし、その瞬間を最大限に楽しむことの美しさが込められているように感じます。また、パートナーとの関係を「プロ同士」として再構築し、自身の成長のために身だしなみに気を配るようになったエピソードは、自己成長への意識が、いかに個人の魅力とプロフェッショナリズムを向上させるかを示唆しています。渋谷という変化の激しい街で15年間も店を続け、お客様に愛され続けているのは、池上氏自身の揺るぎない情熱と、お客様への深い思いやりがあるからこそでしょう。私たちも、日々の生活の中で、目の前の出来事を「リセット」し、新たな気持ちで次の一歩を踏み出す勇気を持つこと、そして、人との出会いを大切にすることの重要性を、彼女の物語から学ぶことができます。