ラーメン評論家が探る盛岡冷麺の真髄:蒲田「食道園」と盛岡「もりしげ」




日本初の料理評論家として知られる山本益博氏が、現代におけるラーメンの「美味しい革命」に言及し、かつてのB級グルメがミシュラン星獲得店も現れる一流料理へと昇華しつつある現状を語っています。この連載では、氏自らが全国各地のラーメン店を巡り、その最前線を詳細にリポートしています。今回のテーマは、夏の味覚として愛される盛岡冷麺。氏は本場の冷麺を求めて、まずは盛岡の「食道園」の流れを汲む蒲田の店舗を訪れるも、予期せぬ休業に遭遇します。その後、東京での冷麺探求を経て、最終的には盛岡の「もりしげ」にて、本場ならではの感動的な冷麺体験をすることになります。山本氏の鋭い洞察力と豊かな表現力で綴られるラーメン紀行は、読者を奥深い麺料理の世界へと誘います。
盛岡冷麺の探求:蒲田での足止めと東京での発見
料理評論家として名高い山本益博氏は、その連載でラーメンの進化を追いかけていますが、今回は特に盛岡冷麺の魅力に迫ります。氏が語る「美味しい革命」とは、単なるB級グルメとしてだけでなく、一流の料理として認知され始めたラーメンの地位向上を指します。その一環として、山本氏は盛岡冷麺の本物の味を求め、旅に出ます。当初、盛岡の有名店「食道園」の系譜を受け継ぐ蒲田の「食道園」を訪れる計画でしたが、残念ながら店は休業中。この予期せぬ中断により、氏の冷麺探求は一時的に東京へと舞台を移すことになります。しかし、この遠回りこそが、東京の冷麺文化を発見する貴重な機会となりました。山本氏はこの経験を通して、冷麺に対する自身の認識を深め、その多様性を再認識するに至ります。
山本益博氏は、約30年前に週刊誌で盛岡の「平壌冷麺」を取り上げた際の記事を振り返り、その本質を詳細に描写しました。盛岡が冷麺の聖地と呼ばれるようになった背景には、「食道園」の存在があり、その初代が故郷の平壌を偲んで冷麺を作り始めたことが記されています。麺は小麦粉と片栗粉を練り上げたもので、強いコシがありながらも喉越しは滑らか。カクテキや甘酢キュウリ、茹で卵などが添えられ、スープは平壌冷麺特有の甘みが特徴だと解説しています。この伝統的な冷麺の味を求めて、昨夏、山本氏はまず蒲田にある「食道園」へ向かいました。しかし、営業時間内にもかかわらず店舗は「CLOSE」の表示。この不測の事態により、氏は本場の盛岡冷麺を味わう夢を一旦見送り、代わりに東京の冷麺に焦点を当てて食べ歩きをすることになりました。この時の東京での冷麺探求は、過去の連載「真夏の冷麺」として詳しく報告されています。
本場の感動:盛岡「もりしげ」での至高の冷麺体験
蒲田での予期せぬ足止めを経て、山本益博氏の盛岡冷麺探求はついに本場盛岡へと向かいます。氏は長年の経験から培われた舌と感性で、本物の味を見極めるべく、盛岡の「もりしげ」を訪れます。この店で提供される冷麺は、まさに氏が求めていた「冷麺はこうでなくっちゃ!」と感嘆するほどの一品でした。麺のコシ、スープの深み、具材のバランスが完璧に調和し、その一口一口が、氏の心に深い感動と満足をもたらしました。この体験は、単なる食事に留まらず、食文化の奥深さ、そして伝統と革新が織りなすラーメン界の豊かな可能性を改めて山本氏に知らしめるものでした。氏は、「もりしげ」での体験を通じて、冷麺がB級グルメの枠を超え、真の一流料理としての地位を確立していることを確信します。
山本益博氏が盛岡を訪れ、「もりしげ」で味わった冷麺は、まさに「冷麺はこうでなくっちゃ!」と唸らせるほどの一杯でした。氏がかつて記事で詳述した盛岡冷麺の理想像、すなわち、小麦粉と片栗粉が絶妙に練り上げられた、噛み応えと喉越しの良さを両立した麺。そして、平壌冷麺の伝統を受け継ぐ甘めのスープ。これらの要素が「もりしげ」の冷麺には完璧に凝縮されており、山本氏の長年の探求に終止符を打つかのような感動を与えました。付け合わせのカクテキや甘酢キュウリ、茹で卵もまた、冷麺全体の味のバランスを見事に引き立て、一つ一つの具材が織りなすハーモニーは、氏の食体験の中でも特に印象深いものとなりました。この「もりしげ」での冷麺体験は、山本氏にとって、単なる料理の評価を超え、日本の食文化におけるラーメンの「美味しい革命」の象徴とも言える瞬間だったのです。