高蔵蒸溜所:茨城県の豊かな水が育むウイスキー再興の物語




茨城県水戸市に新たに誕生した高蔵蒸溜所は、一度途絶えたウイスキー製造の歴史を現代に復活させた注目すべき施設です。この地が誇る豊かな水資源を背景に、曾祖父から受け継がれたウイスキー造りの情熱を胸に、現当主が困難を乗り越え、独自の風味を追求する新たな挑戦が始まっています。伝統と革新が融合し、世界へと羽ばたくウイスキーを生み出すその歩みは、地域の誇りとなっています。
茨城県は、八溝山、那須岳、筑波山、利根川水系といった五つの水系から湧き出る豊かな水に恵まれ、古くは江戸時代から36もの酒蔵が存在する銘醸地として知られています。この地で良質な仕込み水を求めて、安政5年(1858年)に越後から水戸に移り住み、清酒造りを始めた蔵の一つが明利酒類です。その明利酒類の一角に、2022年、念願の高蔵蒸溜所が誕生しました。
現在の案内人である加藤喬大氏によれば、彼の曾祖父である加藤高蔵氏が、先見の明を持ち「水戸から世界へ」という壮大な目標を掲げ、1952年にはすでにウイスキー造りに着手していました。彼は酵母開発や蒸留技術の研究にいち早く取り組むなど、その情熱は尽きることがありませんでした。しかし、その10年後、不慮の火災により醸造施設が焼失。これにより、高蔵氏のウイスキー造りの夢は60年もの間、断念されることとなりました。
喬大氏が家業を継ぐために水戸へ戻ったのは、2020年のことでした。東京の大手広告代理店で営業職として活躍していた彼が、コロナ禍で苦境に立つ酒蔵を支えたいという思いからでした。しかし、すぐにウイスキー事業を再開したわけではありません。緊急事態に対応するため、既存のウォッカやジンの製造免許と蒸留技術を活かし、消毒用アルコールを製造・販売しました。このアルコールは20万本もの売上を記録し、これにより酒蔵は一時的に安定を取り戻し、次の展開を考える余裕が生まれました。
清酒造りにおいても、絞らずに滴下させるプレミアム日本酒「雨下」を開発するなど、喬大氏は着実に社内での信頼を築いていきました。そんな中、彼は社内資料から、かつて同蔵が「ミトカウイスキー」というブランドでウイスキーを製造していた事実を知ります。自身の起業への思いを重ね合わせ、「この歴史を復活させるしかない」と決意。しかし、当時残っていた原酒はなく、当時の技術者も不在で、製法も不明という困難な状況でした。そこで彼は技術部長と共に全国の蒸溜所を巡り、数々の試行錯誤を重ねながら、「自分たちにしか生み出せないウイスキー」の探求を始めました。
高蔵蒸溜所の物語は、単なるウイスキー造りの再開にとどまりません。それは、困難な状況を乗り越え、地域の豊かな資源と先代の夢を受け継ぎながら、新たな価値を創造しようとする情熱と挑戦の軌跡です。この地で生まれるウイスキーは、その歴史と物語を味わいの一部として、世界中の愛好家を魅了することでしょう。高蔵蒸溜所の未来には、さらなる革新と成功が期待されます。