大河ドラマ『どうする家康』における信長と家康の関係性の描写:安土饗応と「信長殺し」の真意

2023年の大河ドラマ『どうする家康』では、これまであまり描かれることのなかった徳川家康の新たな一面が浮き彫りにされています。特に、織田信長に対する家康の複雑な感情と、それを背景とした「信長殺し」の宣言、そして安土城での饗応における家康の周到な策略が物語の核心をなしています。この作品は、従来の歴史観に一石を投じるような解釈で、信長と家康の間に潜む緊張感と絆をスリリングに描写しています。
『どうする家康』:信長と家康の緊迫した関係性と安土城の饗応
2023年、徳川家康を主人公とする大河ドラマ『どうする家康』が放送され、松本潤さんが徳川家康を、岡田准一さんが織田信長を熱演しています。羽柴秀吉役はムロツヨシさん、明智光秀役は酒向芳さん、森乱役は大西利空さんが務める豪華キャスト陣です。本作の特徴として、森蘭丸ではなく「森乱」の呼称が採用されている点が挙げられます。物語の最大の衝撃は、家康が公然と「信長を討つ」と表明したことです。武田家滅亡後、信長は家康の案内で富士山遊覧を楽しんでいましたが、この場面は『おんな城主 直虎』以来の丁寧な描写でした。家康の家臣団は、逆さ富士の絶景や武田信玄の隠し湯を準備し、もてなしに奔走しますが、信長は「見事だ。進もう」とすぐに立ち去り、隠し湯には入らないなど、家臣団を翻弄する姿が印象的でした。特に、信長と家康が富士山麓を馬で駆け抜けるシーンは、まさに絵になる光景でした。これは織田家と徳川家の深い絆を象徴するかに見えましたが、信長へのもてなしを終えた後、家康は家臣団に対し、突然「信長を殺す。天下を獲る」と胸の内を明かします。物語はその後、安土城での家康饗応の場へと展開します。
安土城での饗応は、信長が明智光秀を折檻するという古典的な逸話が中心ですが、本作ではその裏に家康の巧妙な策謀が隠されていたと描かれます。家康の家臣団が「安土行きは罠かもしれない。毒を盛られる可能性もある」と警戒する場面は、『おんな城主 直虎』と同様の流れです。しかし、『直虎』では光秀が策謀の主体でしたが、本作では家康がその中心にいます。光秀は信長に対し、「そのような準備も」「密かに徳川殿の料理に入れることも。お望みとあれば」と毒の存在を示唆しますが、信長は何も答えません。そして家康の策謀が織りなす饗応が続きます。光秀が「次なる料理は淀の鯉でございます」と告げると、家康は鯉の臭いを何度も確認します。光秀は「一切臭いはございません。天下随一の淀の鯉と申される所以です」と述べますが、家康は「贅沢な料理には慣れておりませんので。いただきます」と応じます。信長は「臭うならやめておけ。当たったら一大事だ」と忠告し、家康は箸を置きます。光秀は「臭うはずがございません。徳川殿は高貴な料理に、お慣れではないので…」と反論しますが、その時、信長は膳をひっくり返します。信長は「言い訳はあるか?」と問い詰め、光秀は「私は上様の仰せの通りに」と答えますが、信長は光秀の顔面に拳を振るいます。一発、二発、三発、四発、五発!これまでにないほどの激しい暴力です。光秀が反論しようとすると、信長はさらにもう一発パンチを見舞います。これは大河ドラマ史上、信長による光秀への殴打で最も凄惨な場面となりました。「膳を片付けよ!」と命じて信長が立ち去ると、怒り狂った光秀は家康の膳から淀の鯉の器を取り上げ、投げ捨てて「三河の田舎者が」と吐き捨てます。淀の鯉が臭うというのは、実は家康の策略でした。家康は家臣団に「目論見通り、明智を遠ざけることができた」と語ります。この段階で、家康はすでに服部半蔵(山田孝之さん)、大鼠(松本まりかさん)と共に京に潜伏させ、茶屋四郎次郎(中村勘九郎さん)も協力して「信長殺し」に向けて動いていたのです。その用意周到さには驚かされました。劇中では穴山梅雪(田辺誠一さん)の姿も見えましたが、饗応の席で光秀が出した「淀の鯉」が臭うという家康の策略がきっかけとなり、信長は光秀を折檻してしまいます。饗応の席で腐った魚が出されたと記録しているのは『川角太閤記』です。川角三郎右衛門が関係者から聞いた話をまとめたもので、江戸初期に成立し、豊臣秀吉を主人公とする記録です。本作では、家康があえて「淀の鯉」が腐っているかのように振る舞い、信長の怒りを誘発するという設定になっています。しかし、信長は家康の思惑を半ば見抜いているかのように物語は進展します。まるで「俺を討て」と挑発しているかのようにも見えました。一方で、武田家を滅ぼした信長にとって、家康はもはや用済みという見方もできます。劇中では信長と家康が濃密なやり取りを繰り広げ、まるで狐と狸の化かし合いを見ているかのようなスリリングな展開でした。
このドラマは、歴史上の人物が持つ多面性や、彼らの行動の裏に隠された複雑な意図を深く掘り下げています。単なる英雄譚ではなく、人間関係の機微や権力闘争の深淵を描き出すことで、視聴者に歴史の新たな解釈を促し、登場人物たちの感情や思惑に深く共感する機会を与えてくれます。歴史の面白さは、単一の事実だけでなく、そこに存在する無数の可能性や解釈にあることを改めて教えてくれる作品です。